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ハイチのゾンビ伝説の変更点

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ゾンビといえば、B級ホラー映画の定番だ。しかし、誰もゾンビが実在するとは思わない。
ところが、南米のハイチに行くと年間に1000件程度のゾンビ目撃談があるそうだ。ごくたまに、ちゃんとした死亡診断書があって埋葬もされたハズなのに、ゾンビとして生きていた事例もある。しかもハイチにはゾンビ化にまつわる儀式を禁止する法律(刑法246条)まである。このことからもゾンビ現象はハイチではそこそこ深刻な社会問題だということがわかる。

ゾンビ現象については、民族植物学者のウェイド・デイビス博士の著書「蛇と虹」(草思社、文献1)が有名だ。この本で紹介されている事例の1つとして、1962年に起こったクレルヴィル・ナルシスなる人物のケースがある。このケースが特異なのは、彼がたまたまアメリカ人の運営する慈善団体の施設で死亡したことで、この施設では詳細で正確な記録をつけていた。 

1962年5月2日、40歳前後のハイチ人農夫ナルシス氏は二人の医師(うち一人はアメリカ人)により死亡宣告され、彼の遺体は20時間冷房された保管所に置かれてから埋葬された… ところが、それから18年後の1980年、彼は生きた状態で保護されたのだ!彼が言うところによると、墓から掘り起こされた後、他のゾンビ達といっしょに二年間奴隷として働かされていたが、その主人が殺されたため開放されたらしい。土地相続をめぐって自分の兄の陰謀でゾンビにされたので、その後、16年間、兄が死ぬまで国中を放浪していたらしい… 

なんでこんな話が科学研究の対象になるのかというと、ゾンビの存在はともかく、ちゃんとした教育を受けた医者が死亡したと判断するほど、新陳代謝を低下させるような毒薬が存在するとしたら、それは外科手術の際の全身麻酔の危険性を緩和する医薬品となる可能性があるのだ。そこで精神薬理学の権威であったネイサン S. クライン博士は野心的な若き民族植物学者のデイビス氏に目をつけ、現地に送り込んだのである。彼の目的はゾンビ化の原因となる物質をブードゥー教の呪術師から手に入れることだった。 

で、まぁいろいろあって、なんとかデイビス氏はゾンビ化薬「ゾンビ・パウダー」を入手するんだけど…(原料の1つは人間の死体なのだが、これを墓から掘り起こすのにも突き合ったらしい…)実際に生理活性のありそうな原料の1つは河豚(フグ)だったのだ。 

フグといえば猛毒テトロドトキシン (tetrodotoxin) だ!河豚といえば日本人がなぜか好んで食べる!そこでデイビス博士は日本で河豚を食べて死に掛けた事例を調べてみることにした。デイビス博士によると、河豚食って死んだと思われた人で、その葬式中に棺おけの中から生き返ったという事例はけっこうあるらしい。テトロドトキシンは医師が死んだと判断するくらい、人間の新陳代謝を低下させる。しかも身体は動かなくても意識ははっきりしているらしい。 

こうしてゾンビ化現象の謎は解明された!とこの話は宣伝されているのだが、(例えば文献9)実際はそれほど単純ではない。この本に出てくるのはすべて「自称元ゾンビ」である。デイビス博士は実際のゾンビに会ったわけではないし、ゾンビ化の儀式に立ち会ったわけでもない。デイビス氏はなんとかブードゥー教の秘密結社に潜入することに成功するんだけど結局肝心なことはわからないまま、この本は終わっている。

この本に対しては懐疑論者から以下のような批判が提示されている。(文献3)
1. ゾンビパウダーには毒がないハリセンボンの仲間が原料として使われている。
2. ゾンビパウダーからテトロドトキシンは検出されなかった。 
3. たとえテトロドトキシンが含有されていても、身体に塗っただけでは効かないだろう。
4. ゾンビの身元確認をDNA鑑定で行ったところ赤の他人であることが判明した。

!!!テトロドトキシンの有無
ニューヨークにあるコロンビア長老教会病院のLeon Roizin氏によって、粉末そのものの動物実験が行われ、ネズミとアカゲザルに塗布したところ、昏睡状態等の症状が現れたとデイビス博士は主張している。(何匹かのネズミは、24時間じっと動かない状態にあった後、回復した。アカゲザルに関しては、強硬症のような姿勢をとり、そのまま9時間じっと動かなかった。)ところが、Roizin氏はこの件についてコメントを避けており、デイビス博士にもその後会っていない。Roizin氏の実験は非公式なものであり、追試されることもなく、論文として出版されたこともない。ただしRoizin氏はその後、このサンプルに何か他の薬物が混ぜられていたかどうかは、はっきりしないと述べている。(文献8) 

1984年にデイビス博士は同様なテストをDownstate Medical Center in BrooklynのJohn Hartung氏に依頼しているが、なんの効果も見られなかった。ただしこの結果をデイビス博士が引用したことはない。また、1986年に提出された彼の学位論文(人類学、民族植物学)の審査委員会には薬理学者や毒物学者はいなかった。(文献8) 

1986年の東北大農学部 安元健教授らの論文(文献5)では、ゾンビパウダーだけでなく、デイビス博士が入手した4つのハリセンボンと4つのフグのメタノール付けの標本も鑑定した。その結果は、 
1)ハリセンボンの肝臓のテトロドトキシン含有量は0.4μg/g以下。マウスに投与しても中毒症状はなかった。 
2)フグの肝臓には1.2μg/gのテトロドトキシンが検出され、標本が浸かっていたメタノールの含有量は7μg/gだった。 
3)2つのゾンビパウダーを鑑定した結果、その含有量は1.1μg/g以下。マウスに投与しても中毒症状はなかった。 

しかも、ゾンビパウダーは強アルカリ性だったので、テトロドトキシンが含まれていたとしても分解しているだろうとのこと。 

これに対し、1989年のC. Benedekらの論文(文献7)ではゾンビパウダーにテトロドトキシンの痕跡が確認されたと報告されている。彼らの検出した物質はアルカリによるテトロドトキシンの分解生成物(種に2-amino-6-hydroxymethyl-8-hydroxyquinazoline)だった。この結果より20μg/gのテトロドトキシンが含まれていただろうと推定した。しかし、1990年のState University of New YorkのKaoらの論文(文献6)ではBenedekらの論文の不備が痛烈に批判されている。その1つは、2-amino-6-hydroxymethyl-8-hydroxyquinazolineはテトロドトキシン以外の類似化合物からも生成されるので、実際のテトロドトキシン含有量は20μg/gよりも少ないであろう、というもの。 

どうやらデイビス博士は貧弱な根拠に基づき、自分の学位論文を補強しようとしてしまったようだ。デイビス博士の入手した「ゾンビ・パウダー」にテトロドトキシンが含まれていた可能性は低い。1988年のAndersonの論文(文献12)では、デイビス博士の研究は科学的にあまり意味のあるものではなく、デイビス博士は学界に謝罪すべきだと結論している。(All things considered, this project does not cast science in a very good light. Davis owes the academic community an apology.)
どうやらデイビス博士は貧弱な根拠に基づき、自分の学位論文を補強しようとしてしまったようだ。1988年のAndersonの論文(文献12)では、彼の研究は科学的にあまり意味のあるものではなく、デイビス博士は学界に謝罪すべきだと結論している。(All things considered, this project does not cast science in a very good light. Davis owes the academic community an apology.)

!!!ゾンビは赤の他人か?
「新・トンデモ超常現象56の真相」(文献3)では「ハイチでは、西洋では精神障害とみなされている人々をゾンビと解釈し、その姿が親族に似ていれば、死んだ家族が生き返ったとして、家につれて帰ってしまっているようなのだ」としている。この根拠となっているのが、1997年のLittlewoodらの論文(文献10)である。

この論文で検証されているのは、FI、WD、MMと呼ばれている3人のケース。どの人物も精神障害を患っている。FIは緊張型統合失調症(catatonic schizophrenia)、WDは脳器質精神症候群(organic brain syndrome)と癲癇、MMは胎児性アルコール症候群による学習障害があると推定診断された。うち二人(WDとMM)がDNA検査の結果、ゾンビの家族と血縁関係のない赤の他人だということがわかっており、「新・トンデモ超常現象56の真相」でも紹介されている。 

なお、「蛇と虹」に登場するナルシス氏には精神障害は見受けられず、自分の土地を取り返そうと親族相手に裁判を起こしたほどだ。この場合、赤の他人がナルシス氏になりすまし、土地を横取りしようとしていたのかもしれない。ナルシス氏の身元確認は彼の少年時代に関する細かい一連の質問によって行われた。1990年のkaoらの論文(文献6)によると、ナルシス氏は毒を盛られて急死したというより、1年前から病気だったらしい。さらに、20時間も冷蔵された後になんの脳障害も残らないのは不自然だとしている。

Littlewoodらの論文の結論は以下のようになっている。 
すべてのゾンビについてただ1つの説明があるわけではないが、一番妥当な説明は、故人によく似た精神障害のある放浪者を、傷心の遺族が身元確認をせずに受け入れてしまったケース(MMとWDの場合)であろう。ハイチにおいては、ちゃんとした医学的診断なしに死亡が宣告され、熱帯気候のせいで急速に進行する腐敗を避けるため、その日のうちに埋葬が行われることが一般的だ。中にはまだ死亡していないうちに埋葬されてしまったケースもあるであろう。神経筋毒素(neuromuscular toxin)の使用も完全に否定することはできない。FIの場合は墓の中での無酸素症による脳障害を受けた可能性もある。ただし、人口密度の高いハイチで人知れずゾンビたちを奴隷農場で働かせるのは無理であろう。(そもそもゾンビはどの程度の労働力になるのか?)監禁された状態のゾンビが発見されたことはない。ゾンビが話題になるのは、必ず家族のもとに戻ってきた時のことだ。 

ゾンビ伝説が生まれてしまった背景として、ハイチの社会的、歴史的な要因も考えないといけない。奴隷としてアフリカから連れて来られた後も、独裁政治やアメリカによる統治などの政情不安の中でハイチの人々は暮らさねばならなかった。そんな中、ブードゥー(精霊)信仰は人々のアイデンティティの精神的なよりどころになっていただろう。また、Duvalier政権の独裁政治下において、誘拐、拷問、暗殺などの非人道的行為はブードゥー教の秘密結社を隠れ蓑にして行われた。そのことがゾンビ伝説のようなブードゥー教の暗黒面を引き立たせてしまった要因なのかもしれない。 

どうやら、ゾンビは「なまはげ」みたいなもののようだ。「悪いことするとゾンビにされちゃうぞ!」とおどすための… 
ハイチ人にとって、 ゾンビにされることは怖いことだけど、ゾンビ自体は怖いものではないようだ。だから、たまたま見かけた放浪者が死んだ家族に似ていたりすると、「ゾンビにされてたのが帰ってきた!」と、受け入れられてしまうようだ。 

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'''参考文献'''
1. 「[蛇と虹|http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_4794203136.html]」 ウェイド・デイビス著 草思社 
2. 「ゾンビ伝説―ハイチのゾンビの謎に挑む」 ウェイド・デイビス著 第三書館 
3. 「「新・トンデモ超常現象56の真相」皆神 龍太郎、志水 一夫、加門 正一 著 太田出版
4. 「[The ethnobiology of the Haitian zombi|http://www.sciencedirect.com/science?_ob=ArticleURL&_udi=B6T8D-475NV3H-66&_user=10&_coverDate=11%2F30%2F1983&_alid=483822942&_rdoc=5&_fmt=summary&_orig=search&_cdi=5084&_sort=d&_docanchor=&view=c&_acct=C000050221&_version=1&_urlVersion=0&_userid=10&md5=47b9c7ead4ace2bca317ef1e49361709/]」 E. Wade Davis, Journal of Ethnopharmacology, Volume 9, Issue 1, November 1983, Pages 85-104
5. 「Tetrodotoxin and the Haitian zombie」 T. Yasumoto and C. Y. Kao, Toxicon Volume 24, Issue 8 , 1986, Pages 747-749 
6. 「Tetrodotoxin in “zombie powder”」 C. Y. Kao, T. Yasumoto, Toxicon Volume 28, Issue 2 , 1990, Pages 129-132
7. 「[Evidence for the presence of tetrodotoxin in a powder used in Haiti for zombification|http://www.sciencedirect.com/science?_ob=ArticleURL&_udi=B6TCS-474YB9R-MN&_user=10&_coverDate=12%2F31%2F1989&_alid=483824608&_rdoc=1&_fmt=summary&_orig=search&_cdi=5178&_sort=d&_docanchor=&view=c&_acct=C000050221&_version=1&_urlVersion=0&_userid=10&md5=7662addd9301638fb73a30f690a3ca69/]」 C. Benedek and L. Rivier, Toxicon Volume 27, Issue 4 , 1989, Pages 473-480
8. 「[Zombie fish eaters?|http://www.chemsoc.org/chembytes/ezine/2002/garlaschelli_nov02.htm]」 Garlaschelli, L., Chemistry in Britain, nov. 2002 
9. 「[ゾンビの正体を暴け!|http://www.ntv.co.jp/FERC/research/19980215/f0725.html]」『特命リサーチ200X』 1998/02/15報告 報告者:伊達 徹、和田 栄一、マイケル 高田 (F.E.R.C Research Report - File No.0725)
10. 「Clinical findings in three cases of zombification」 Roland Littlewood and Chavannes Douyon, The Lancet, Volume 350, Issue 9084 , 11 October 1997, Pages 1094-1096 
11. ナショナルジオグラフィックのサイトのウェイド・デイビス博士の[履歴|http://www.nationalgeographic.com/council/eir/bio_davis.html]
12. 「Tetrodotoxin and the zombi phenomenon」 William H. Anderson, Journal of Ethnopharmacology, Volume 23, Issue 1 , May-June 1988, Pages 121-126