アドレノクロム
QAnonの陰謀論において、アドレノクロム(Adrenochrome)とは、それを摂取すると若返り効果や不老不死になれるスーパー・ドラッグとされるが、全く根拠のないデタラメ。子供を虐待することで松果体から分泌される脳内麻薬様物質とされ、世界を支配するスーパーエリート層は、組織的に子供を誘拐・虐待した上でアドレノクロムを抽出しているとされる。しかし、アドレノクロムは、酸化銀を使ってメタノール中でアドレナリンを酸化後、陰イオン交換樹脂により重金属イオンを除去すれば、純粋で安定な結晶として単離できる。
- The Chemistry of the "Aminochromes": Part I. The Preparation and Paper Chromatography of Pure Adrenochrome Heacock, R. A.; Nerenberg, C.; Payza, A. N. (1 May 1958). Canadian Journal of Chemistry. 36 (5): 853-857
- スチレン誘導体の合成研究(第6〜7報)(pdf) (昭和34年8月25日受理)、寺田晃、日本化学雑誌第8巻第5号, 757-759, (1960)
つまり、大金持ちなら、金払ってほしいだけ大量合成すればいいだけの話。わざわざ虐待死した児童の脳から取り出すなどという重犯罪を犯す必要はない。原料のL-アドレナリン(98+%)は富士フィルム和光純薬株式会社で25g、\109,980円で販売されている。(2023年5月現在)けっこうお高いが、大量生産すれば単価も安くなるし、ディープステートのスーパーエリートなら決して出せない額でもないであろう。ただし、接種しても期待されるようなスーパードラッグ効果はない。
- The Dark Virality of a Hollywood Blood-Harvesting Conspiracy BRIAN FRIEDBERG、07.31.2020 09:00 AM、Wired
アドレノクロムは生化学的にそれほど注目を集めている物質ではなかったが、作家オルダス・ハクスリー(Aldous Huxley)の幻覚剤によるサイケデリック体験についての手記「知覚の扉」(Doors of Perception、1954年発行)の中に登場する。そのほぼ20年後、ハンター・S・トンプソン(Hunter S. Thompson)の小説「Fear and Loathing in Las Vegas」( 1971年)にも登場し、この本は1998年に、テリー・ギリアム監督、ジョニー・デップとベニチオ・デル・トロ主演で映画化もされた(邦題「ラスベガスをやっつけろ」、Fear and Loathing in Las Vegas (film))。この小説の登場人物の一人がアドレノクロムを摂取すると、悪夢のような幻覚を経験した後、意識を失う描写がある。なお、陰謀論によると、トンプソン自身もDSのサタン崇拝エリートのためにスナッフ動画(実際の殺人の様子を撮影した動画)を撮っていたことになっている。
つまり、アドレノクロムがスーパードラッグだという根拠は、小説や映画の中にしか登場しない。
巨大掲示板「4Chan」のスレッド「/x/」と「/pol/」において、アドレノクロムに関するもっとも初期の書込み(2013年と2014年)にThompson が登場している。反ユダヤ系の「/pol/」スレッドでは「Jew Ritual BLOOD LIBEL Sacrifice is #ADRENOCHROME Harvesting」というタイトルの動画にリンクされていた。この動画が2016年には、アーティストのMarina Abramovicと彼女の「spirit cooking」セレモニーについてのピザゲートスレッドで共有された。 次の数ヶ月間にはオンラインで、ますます奇妙な主張が増え続け、その中には、ピクサー映画の「モンスターズ・インク」(Monsters, Inc)は「アドレノクロム収穫」について暗号化されたものであるというものまであった。
Blood libel(血の中傷)とは、ユダヤ教徒がキリスト教徒の子供を拉致誘拐し、その生き血を祝祭の儀式のために用いる、または「マッツァー」(過越祭で食べる酵母を使用していないパン)にその血を入れる、という反ユダヤ的なデマのことである。Qアノンはさまざまな陰謀論の複合体であり、Qアノン以前に存在した陰謀論を多数取り入れており、Blood libelはその中でももっとも古い陰謀論の1つである。Qアノンの陰謀論によると、人間を生贄にしてその血を飲むという古代からある宗教的儀式は、血中のアドレナリンまたはアドレノクロムを接種するために行われてきた、ということになっている。
映画「モンスターズ・インク」では、モンスターたちが暮らすモンスターワールドのエネルギーの源は「人間の子供の悲鳴」であるという設定になっている。大企業「モンスターズインク」は、子供の部屋へ通じるドアからモンスターを送り込み、怯える子供たちの悲鳴を集めエネルギーへ変換し、モンスターワールドへ供給している。これが、児童を虐待してその死体からアドレノクロムを取り出すという話を暗示していると陰謀論者は信じたのである。
マリーナ・アブラモヴィッチ(Marina Abramovic)とは、「痛み、血、身体の限界と向き合うこと」に焦点を当てたセルビア出身のコンセプチュアル・パフォーマンスアーティストで、自らを「パフォーマンスアートの祖母」と呼んいる人物である。「spirit cooking」というのは、1996年に出版された「媚薬レシピの料理本」(詩集)のことであり、そのレシピを白い壁に豚の血で描く等のパフォーマンスを行っていた。その後、「spirit cooking」は、コレクター、寄付者、友人のためにアブラモヴィッチが時折開催するディナー パーティーのタイトルともなった。アブラモヴィッチがQアノンの陰謀論に巻き込まれてしまったのは、2016年の大統領選のとき、ヒラリー・クリントン陣営の選挙対策責任者であったジョン・ポデスタのメールが流出した事件(Podesta emails)に起因する。
2016年3月、ジョン・ポデスタの個人Gmailアカウントがクラッキングされ、電子メールの一部が流出し、2016年10月〜11月にかけて、ウィキリークスによって公開された。ピザゲートの陰謀論によると、これらの電子メールには、ヒラリー・クリントンとその一味が児童虐待と人身売買に関与していることを裏付ける暗号化されたメッセージが含まれていることになっていた。実際にこれらのメールには、弟のトニー・ポデスタが転送したアブラモビッチからの招待状が含まれており、それには「私の家でのスピリット・クッキング・ディナーをとても楽しみにしています。 お兄さんが参加する場合は知らせてもらえますか?」という内容が書かれていた。これに、大物陰謀論者のアレックス・ジョーンズも反応し、アメリカ極右系フェイクニュースサイトInfowarsで「これまでのウィキリークスの暴露の中で最も憂慮すべきものの一つ」として取り上げた。つまり、これは虐待死した子供を食べる反キリスト教サタン崇拝者の儀式(アドレノクロム摂取のため)への暗号化された招待状だと陰謀論者は解釈したのである。もちろんアブラモヴィッチはこうしたデマを否定している。
なお、ジョン・ポデスタのメールをクラッキングしたのは、ロシア軍事諜報機関の2部門とされるサイバースパイ集団ファンシーベア(Fancy Bear)であり、アメリカ国民の一部がロシアの情報工作に踊らされた形となっている。
- Marina Abramovic mention in Podesta emails sparks accusations of satanism Benjamin Lee、Fri 4 Nov 2016 19.46 GMT、The Guardian
2017年、急成長するQAnonコミュニティに一部のピザゲート支持者が参加し、アドレノクロムに関する陰謀論をもたらした。これらの陰謀論は2018年にさらに拡大し、暗号通貨と引き換えにアドレノクロムを販売しているウェブサイトがあるという噂が広まった。 陰謀論動画製作者のJay Myersは、「Adrenochrome The Elite's Secret Super Drug!」という動画を公開し、これがネット上で広がっていった。 2019年2月には、Infowarsがアドレノクロムに関する特集を組み、クリントン財団や「若者の血」を輸血するというスタートアップ企業「Ambrosia」に関連付けた。 その1か月後、アドレノクロムの「ドキュメンタリー」がYouTubeに登場し始めるようになる。2020年の3月頃から、コロナ禍の影響で自宅待機中、あまり写真写りのよくない(メークアップしてない)素顔の写真をSNSに多くの有名人達が投稿したため、それはアドレノクロムの禁断症状が出ているのだというデマが広まった。QAnonの陰謀論では、コロナ禍のシャットダウンで、原料となる子供の人身売買ができなくなり、アドレノクロムの供給が止まったということになっている。
Jay Myersの動画「Adrenochrome The Elite's Secret Super Drug!」では、吸血鬼伝説のモデルともなったバートリ・エルジェーベト(ハンガリー王国の貴族、1560-1614年)のような歴史上の人物が、なぜ虐待を好み、その犠牲者の血を浴びたり飲んだりしたのか、その理由がアドレナリンにあると解説している。アドレナリンとは、副腎髄質から分泌されるホルモンで、その主な作用としては、心拍数や血圧の上昇などがある。アドレナリンを接種することによって超人的なパワーを得ることができ、危険な行為を繰り返す「アドレナリン・ジャンキー」のように中毒性もあるというのが、Jay Myersの主張である。
拷問の犠牲者の血は恐怖と苦痛のせいでアドレナリンで飽和していて、これを飲んでハイになることが太古の昔より行われており、その方法や儀式が秘密結社の中で受け継がれているというわけである。さらに、アドレナリンや子供の血には若返り効果もあり、そのせいで、虐待された児童の血を啜る悪魔崇拝のDS幹部は異常に長生きである、という荒唐無稽な主張も登場する。ちなみにアドレノクロムはアドレナリンよりも効果の強い薬物として、この動画の最後のほうになってやっと登場する。そして、その根拠として映画化「ラスベガスをやっつけろ」が引用されている。さらに、スタンリー・キューブリックの映画「時計仕掛けのオレンジ」の主人公が飲む「Milk Plus」にもアドレノクロムが入っているという憶測が登場する。つまり、この動画では、様々な人の根拠不明な主張を紹介しているが、具体的な証拠は一切登場しない。アドレノクロムを薬物として接種してハイになるという話は、小説か映画の中にしか出てこないのである。虐待された子供の血をいつどこでどうやって悪魔崇拝者が飲んでいるのか、その具体的な話も一切出てこない。
「Ambrosia」とは、医師免許を持たないジェシー・カルマジンという人物によって設立され、2016年から「若者の血の輸血」という商売を1回8,000ドルで行っている企業。このような行為は治療法としてFDA の認可を受けられないので、臨床試験を装って行われていた。輸血されるのは血液銀行によって収集され42日間の保存期限を過ぎた血液から抽出された無細胞血漿。ただし、2019年2月19日、Ambrosia社はFDAからの警告に応え、「若者の血の輸血」を中止したと発表した。
- 若い血液に若返り効果?料金は1回8000ドル by Amy Maxmen2017.01.16、MIT Technology Review
「若者の血の輸血」(Young blood transfusion)とは、若返り効果等を期待して、若者から高齢者へ輸血する行為のこと。 疑似科学とみなされており、健康被害の懸念もある。2019年、 米国食品医薬品局(FDA)はこれを「根拠のない治療法」であるとして「消費者に対し、若者からの血漿注入を行わないよう警告」している。
- Statement from FDA Commissioner Scott Gottlieb, M.D., and Director of FDA’s Center for Biologics Evaluation and Research Peter Marks, M.D., Ph.D., cautioning consumers against receiving young donor plasma infusions that are promoted as unproven treatment for varying conditions For Immediate Release: February 19, 2019, Statement From: Scott Gottlieb, M.D., FDA
- 若者の血液使うアンチエイジング治療、米FDAがリスクを警告 Anna Edney、2019年2月20日 15:11 JST、Bloomberg
若者から採取した血漿(けっしょう)を注入するアンチエイジング治療がシリコンバレーの大物実業家らにもてはやされているが、そうした治療に実証済みの臨床効果はないと米食品医薬品局(FDA)が警鐘を鳴らした。
老化防止で若い血を注入するというアイデアは、資産家ピーター・ティール氏らハイテク起業家を魅了している。ティール氏が関心を持つきっかけとなったのはアンブロシアというスタートアップ企業で、同社のウェブサイトによれば、米国内5州に拠点を置く同社は16−25歳のドナーから採取した血漿を1リットル当たり8000ドル(約89万円)で販売している。
アンブロシアは19日に更新したウェブサイトで、FDAの勧告に従って「患者の治療を取りやめた」と発表した。
同社は若者の血漿を用いた治療について、「パラビオシス(並体結合)と呼ばれるマウスを使った実験から着想を得た」と説明。そうした療法はFDAが義務付ける厳格な試験を経ていないとゴットリーブ長官らは指摘した。
FDAによると、血漿注入に伴うリスクにはアレルギー反応や循環過負荷、肺損傷、感染症の伝播などがある。
富士フイルム地下秘密工場破壊作戦
Qアノンから派生した日本のJアノン界隈では、「自衛隊の北富士演習場地下に富士フイルムのアドレノクロムの秘密地下製造工場があって、そこをトランプ軍がUFO3機等を使って攻撃した」という超絶おバカな陰謀論が流布したことがあるので、ここで紹介しておく。
- 「米軍による富士フイルム地下秘密工場破壊作戦」陰謀論について解説してみる dragoner、2021/02/14 22:32
たとえば、
- 午後0:14・2021年2月12日 まさばにら@masa1230aki、Twitter
北富士演習場の地下、富士フイルムアドレナクロム工場での掃討作戦終了。
日本のDS逮捕・大勢の子供が救出された。
富士フイルム地下施設でのアドレナクロム製造工場は世界で一番の生産量となっている。
この作戦にアメリカ宇宙軍のUFO・TRー3Bが3機投入された。
Makoto sakaguchi
もちろん、北富士演習場の地下に富士フイルムアドレノクロム工場があるというのもデタラメだし、大勢の子供が救出されたというのもウソ。その子供たちはどこにいる?逮捕された日本のDSて誰?こういう根も葉もないデタラメを信じる人間が相当数いるというのが、Jアノンの不気味な点である。
富士フイルム和光純薬株式会社はアドレノクロムを販売していた(当時:500mg、¥261,300 円)こともあるが、もともと和光純薬株式会社は富士フィルムに買収された薬品小売業者であり、D,L-アドレノクロムの製造元はToronto Research Chemicalsであったようだ。(2023年5月現在、和光純薬のカタログにアドレノクロムは掲載されていない)以下の記事では富士フイルムの広報担当者に直接取材しており、以下のような回答を得ている。
- 「御社の地下秘密工場についてですが…」富士フイルムに“陰謀論”の真偽を直撃した “富士フイルム陰謀論”を検証する #1、石動 竜仁、2021/04/11、文春オンライン
「当社は、アドレノクロム(本製品)を製造していません。海外メーカーにて製造された本製品を試薬として輸入・販売しています。なお、本製品は、生体由来ではなく、化学合成によって製造されています」
「試薬とは、企業や大学などでの研究開発に用いられる薬品を指します。従って、本製品はお客様の研究内容に応じて使用されています」
「当社は、試薬では幅広いラインアップを有していますが、本製品は販売量が僅少であるため、販売終了を検討しています」
なお、このデマの直接のきっかけは以下のように、米海兵隊の公式Twitterアカウントが「Fuji Film」とツイートしたことのようだ。
- 午前9:00・2020年6月20日 U.S. Marines@USMC
Fuji Film
Marines prepare for a live-fire 61mm mortar range on Combined Arms Training Center Fuji, Japan, during Fuji Viper. The annual exercise sustains individual, platoon and small unit proficiency, and also small unit decision making.
このツイートには「Combined Arms Training Center Fuji」とあるので、実戦ではなくて訓練であることがわかる。以下の記事によると、海兵隊の諸兵科連合訓練センターで定期的に実施されるFuji Viper演習の写真とのこと。そもそも米軍が日本本土で実戦を繰り広げたことなど、第二次世界大戦以来1度もない。
- 陰謀論「米軍による富士フイルム地下秘密工場破壊作戦」の現場をルポする “富士フイルム陰謀論”を検証する #2、石動 竜仁、2021/04/11、文春オンライン
この記事では、実際に北富士演習場を取材しており、それによると、「北富士演習場は富士山のなだらかな山麓に位置していて、航空機を使用せずとも演習場内部が外部から見通せる」ようなところであり、「望遠レンズや双眼鏡で確認してみたが、戦闘の痕跡や地下構造物を破壊したような跡は見受けられなかった。そもそも、こんないつも人に写真を撮られているような場所で、大規模な悪事や戦闘を隠密裏に行うのは難しい」とのこと。
トランプが率いる軍隊によって、「地下から子供が救出された」や「DSのメンバーが処罰された」というのもJアノンが好むデマで、他にも「東京ディズニーランドの地下から二千名余りの子供が救出された」、「セントラルパークの地下から1万人が救出された」、「世界中で300万人ともいわれる大量逮捕、処刑が実施されている」等があるらしい。そんな大規模な救出や逮捕が誰にも見つからずに起こるはずがないし、そもそも1万人もの子供をどうやって地下で生活させるのか?
また、アメリカ宇宙軍のUFO「TRー3B」とやらを検索してみると、まず出てくるのが以下の「ムー」の記事だ。
- 地球製UFO「TR-3B」が空母に搭載されていた! 暴露された秘密宇宙計画/並木伸一郎 文=並木伸一郎、2021.12.30、webMu
『2020年10月16日、イランのタスニム通信が、米海軍の最新鋭空母ジェラルドRフォードの甲板に搭載されたTR − 3B(別名ブラック・マンタ、コードネーム=アストラ)の映像を公開した』が、『一部で「フェイク映像ではないか?」という疑念の声も上がっている』そうだが、ここに掲載されてる写真はどう見ても、誰かが作った下手なコラである。
Black triangleと呼ばれる種類のUFOがあり、その正体は開発中の機密アメリカ空軍機(「black project」で開発された全翼型亜音速ステルス偵察機「Northrop TR-3A Black Manta」)ではないかと言われている。ただし、この偵察機は架空のものである可能性が高く、「Black triangle」の目撃例のいくつかは、赤外線衝突防止ライトや識別灯を備えた国境警備用ドローンである可能性が指摘されている。以下の記事によると「TR-3」というのは、「QUARTZ」計画で開発がキャンセルされた「Tier 3」の誤記とのこと。
- Mystery Aircraft: TR-3A Global Security. (retrieved 28 March 2022)