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チェルノブイリの動植物

東日本大震災・デマ・風評被害・陰謀論

ナショジオの特集記事

ナショナルジオグラフィックのサイトに「チェルノブイリと動物」という特集記事が掲載されていたことがあるので、それをちょっと見てみよう。

この記事によると、チェルノブイリ原発事故の居住禁止区域内において、「既に有蹄類(ゆうているい)の生息数は回復し、突然変異もほとんど見られない」とのこと。

 居住禁止区域内では、食肉用に追われる恐れがない草食動物がのびのびと暮らしている。しかし、絶えず放射線にさらされており、汚染された草や地衣類を通じてさらに体内に取り込んでいく。ただし理論上は、害を及ぼすほどの線量率ではない。イギリスにあるポーツマス大学の水域環境学者ジム・スミス氏は、「集団規模で影響は出ないだろう」と話す。

 

 しかし、「ヘラジカなどの大型動物にも危険なレベルだ」と論じる専門家もいる。アメリカ、サウスカロライナ大学の生物学者ティモシー・ムソー氏の研究チームは、降雪後の足跡をカウントして個体数を割り出し、「やはり局地的な高濃度汚染地域では、哺乳類の減少が明らかだ」と警告している。

チェルノブイリ原発事故の居住禁止区域が保護区となっているプシバルスキーウマ(モウコノウマ)について、ウクライナのアスカニア・ノヴァ動物園(Askania Nova Zoo)のタチアナ・ジャルキフ(Tatjana Zharkikh)氏は、次のように述べている。

「65頭まで増加したが、その後、多くが密猟者に撃たれた。ウクライナ北部のキエフ地方の気候と環境に順応できたのだと思う。放射線が悪影響を与えたというデータは今のところない」

この記事では、チェルノブイリにおいて放射線の影響で異常が現れたとされる鳥についての研究が紹介されている。

 チェルノブイリの高度汚染地域に生息するツバメの異常発生率が、かなり高いことがわかった。部分的な色素欠乏(b、c、d)、クチバシの奇形(e、f)、曲がった尾や左右不均等な尾(h、i)などが発見されている。生物科学者ティモシー・ムソー(Timothy Mousseau)氏と、協力者でフランス、オルセーにあるパリ第11大学のアンダース・モラー(Anders Moller)氏は、チェルノブイリで10年余り鳥類の個体群調査を続けてきた。最近の統計結果では汚染地域の多様性が低下しており、鳥類の種は非汚染地域の約半分に減り、個体数は約40%まで減少し、脳のサイズも小さい。

 一方で何も影響を受けない鳥もいる。目立たぬ体色で渡りをしない種がそうだ。「競争相手がいないせいもあるだろう」とムソー氏は推測する。「色鮮やかな羽毛をまとう種と違い、カロテノイド(天然色素の一種)を大量に消費せずに済む。強力な抗酸化物質であるカロテノイドには、放射線被曝の影響を抑える作用が期待できるし、長距離移動で余分なエネルギーを使わないので免疫系が強いのかもしれない」。

ティモシー・ムソー(Timothy Mousseau)氏の論文リストとして以下のようなものを見つけた。

鳥の奇形に関する論文

チェルノブイリにおける鳥の奇形に関する論文としては、以下のようなものがある。

鳥の脳の矮小化

  • Chernobyl Birds Have Smaller Brains」(チェルノブイリの鳥の脳はより小さい) Anders Pape Moller, Andea Bonisoli-Alquati, Geir Rudolfsen, Timothy A. Mousseau, PLoS ONE, February 2011, Volume 6, Issue 2, e16862

この論文の結論はだいたい以下のようなもの。

低線量の放射線は、通常の脳の発展に有意の効果を及ぼしうるので、脳の大きさや、その結果として、潜在的には認知能力に反映される。歳をとった個体よりも、1 年子のほうが脳が小さいという事実は、より大きな脳を持つ個体には、有意な指向性選択があり、生存優位性を経験することを示唆する。

調査はチェルノブイリ周辺の8ヶ所(論文の図1)で546匹の鳥を捕まえて行われた。

放射線量の増加とともに脳の体積は有意に減少したが、鳥の種類に依存して、ほとんど影響がない場合も、強い影響がある場合もあるとのこと。また、背景放射線量の増加と共に、鳥密度も減少する。

脳が小さくなるメカニズムはよくわからないが、脳は酸化ストレスに弱いので、放射線による抗酸化物質の低減が原因かもしれない。

年齢が1年未満の鳥のほうが脳が小さいということは、脳が大きいほうが生存競争に有利ということを示唆する。(つまり、脳の小さい鳥は長生きできないということのようだ)

論文の図2を見てみると、脳の体積と背景放射線量の関係を0.01から100μSv/hの範囲で両対数プロットしており、log10(頭の体積)=3.3918-0.0045log10(背景放射線量)という関係式を導出している。

この関係式に基づき計算すると、それぞれ0.01μSv/hと100μSv/hのときの脳体積は、 2516.5 mm^3と2414.4 mm^3であり、0.01μSv/hのときを100%とすると、100μSv/hでは95.9%に減少しているということになる。

ツバメに見られる異常

ナショジオのサイトの写真はこちらの論文から。

この論文の内容等については以下のエントリを参照。

この論文では、「部分的な白斑」、「頭の羽色の異常」、「胸の色彩が赤くなる異常」、「顔の赤くあるべき部分が青くなる異常」、「まとまりのない尾羽」、「尾羽の湾曲」などが奇形として取り上げられているが、たしかに羽の模様や斑点のようなものは個体差や地域差があってもおかしくないので、これらを「奇形」と呼べるかどうかは微妙な感じがする。

ツバメの論文に対する批判

ツバメの奇形に関する論文に対しては、以下のような'批判もある。

この論文の内容に関しても、「工作blog」の以下のエントリを参照。(「工作員blog」ではないよ)

要約すると、はやりツバメは人間の生活習慣や居住と関連が高い生物であり、人間が居なくなった地域と、居住している地域を直接比較するのは不適切ではないのか?また、『チェルノブイリ』とひとくくりにしているが、その地域の放射線量には、約100倍のばらつきがある。しかし、サンプリングを行った具体的な地域がほとんど公開されていない。さらに1991年〜2004年の経年調査でも、1996年にサンプリングを行った6地点は、2000〜2004年の間には再サンプリングされていないなど、この論文の調査は統計的に不適切なのではないか?などといったこと。

付け加えると、ChesserとBakerが提唱した、チェルノブイリでの放射線の環境への影響を調べる際の最適クライテリア(Chesser R.K, Baker R.J 2006 Growing up with Chernobyl Am. Sci 94 542-549)を満たしていない、とのこと。

以下のエントリも参照

2011-05-29のエントリでは、ツバメの奇形の論文と同じ著者Anders Pape Moller氏の論文「Developmental Instability of Plants and Radiation from Chernobyl 」(Oikos, Vol. 81, No. 3, Apr., 1998, pp. 444-448)を取り上げているが、ブログ主の感想は『この論文の結果からはチェルノブイリ原発事故と植物の奇形の関連に関して何もいえないのではないか』といったもの。

2011-07-20のエントリでは以下の論文の内容が紹介されている。

Moller氏の不正疑惑

工作blogの2011-06-05のエントリでは、aljabaganna氏がコメント欄で、「WIRED Vol.1」のp.27に、以下のような記述があると述べている。

2003年、デンマーク科学研究不正調査委員会は、1998年に発表されたオークの葉の非対称に関する論文の中で、彼(注:Moller氏のこと)がデータを改ざんしているの判定を下した(ただし彼とその共同研究者はすでに2001年、測定結果と分析に不備があったとして論文を公式に撤回している)

このMoller氏の不正疑惑については、以下のサイトと記事が詳しい。

  • Ecologists Roiled by Misconduct Case」 Gretchen Vogel, Fiona Proffitt and Richard Stonem, Science 30 January 2004: Vol. 303 no. 5658 pp. 606-609, DOI: 10.1126/science.303.5658.606a

下記の記事によると、パリにあるNational Council for Scientific Researchという団体が独立委員会に調査させた結果、実験に不備があったのは事実だが、意図して不正を行ったとは証明できなかったので、最終的にMoller氏は無実とされたようだ。

ただし、実際にデンマーク科学研究不正調査委員会はデータ改ざんがあったとみなしているようで、意見には食い違いがあるようだ。また、上記Science誌の記事(2004年)によると、Moller氏は、約450報の論文や著書に寄与しているとのこと。さらに、上記Nature誌の2004年の記事によると、2001〜2003年の間に100以上の論文の共著者になっているとのこと。また、「Scientific meltdown at Chernobyl?」(By Brendan Borrell, Mar 24, 2009 04:18 PM, Scientific American, News Blog)によると、2008年には30報の研究発表を行なっているとのこと。

つまり、Moller氏はその分野では、論文量産型の超大物研究者だったようだ。このような大量の論文を一人で書くのはほぼ無理なので、内容を本人がよく把握していない論文や、かなりいい加減なものも含まれていた可能性がある。

なお、以下のようにMousseau氏とその仲間は、Moller氏無実の支持を表明する書簡をNature誌に投稿している。

この中で、その類希な生産性はMoller氏の献身性と自己鍛錬の賜物であるとしている。

ChesserとBakerによる批判

  • Growing up with Chernobyl」(チェルノブイリとともに育つ) Chesser R.K, Baker R.J 2006, Am. Sci 94 542-549

この記事は、J.T Smithの論文(2008)で引用されており、工作blogの2011-06-05のエントリ「チェルノブイリでマウスを育てたら奇形になるの?」でも取り上げられている。
pdf版はこちら(groenerekenkamer.com)に転がっていたりなんかするが、その内容は、本格的な論文ではなく、一般向けの記事である。

この記事で批判しているのは、ネイチャー誌に発表されたMollerらのつぎの論文である。

この論文の問題点は、ツバメがどこで採取されたか明記されていない、ツバメが受けた放射線量を評価していない、土壌の汚染レベルについての情報が少ない等である。

筆者らがツバメを調べたところ、原子炉から10 kmの範囲では内部被爆は一日に10マイクロシーベルト未満だったので、無視できるレベルだとのこと。(元文献がわからないので、時間があれば、これから調べてみる)よって、Mollerらの結論は根拠薄弱だとしている。

工作blogで紹介されている撤回された『チェルノブイリのハタネズミに突然変異率の上昇が見られる』というBakerらによるNature誌の論文は以下のもの。
撤回された理由は工作blogに書いてあるとおり、手動で行っていたDNAシーケンシングを自動化したら、突然変異率上昇の有意性が消失したためである。

なお、Chesserらが提唱する、チェルノブイリなどの環境下で放射線の動物への影響を調べる際のスタンダード(クライテリア)とは簡略化すると以下のようなものである。

  1. 実験を誰でも再現できるよう、組織やDNAといったサンプルをまとめて保存しておくべきである。
  2. サンプルは2重盲検で分析されるべきである。
  3. 対象生物が外部から受ける放射線量はすべての放射線核種について確認しておくべきである。
  4. 内部被爆についても慎重に確認しておくべきである。
  5. あとから誰でも同じサンプルを入手できるよう、サンプルの採取場所を明らかにしておくべきである。
  6. 肯定的な結果と同様、否定的な結果も報告されるべきである。

これらの条件をMoller氏らの研究は満たしていないとみなされているのである。

「科学」(岩波書店)の鷲谷いづみ氏の記事

  • 「原子力災害が野生生物と生態系にもたらす影響と人々」 鷲谷いづみ、「科学」(岩波書店) Vol. 81 No. 11, p.1164-1172 (2011)

この記事の結論はつぎのようなもの。

人間活動が抑制される立ち入り禁止地域は、一見、野生生物の楽園のようにもみえる。しかし、危険を知るすべなく外から移入してくる個体は早死し、また、子孫を残すこともできない。すなわち、野生生物のメタ個体群のシンクとなっていると考えなければならない。楽園どころか、放射能汚染の危険を認識できない動物を欺き、個体群を消耗させる「巨大な罠」となっているのだ。

鷲谷氏は「データの信頼性が十分に担保されていることを確認した」としているが、この記事の引用文献10報中7報の筆頭著者がA.P. Mollerであり、ツバメの異常についても述べられている。

引用文献が一人の研究者に偏りすぎているようだ。チェルノブイリの生物への影響を調べているのはMoller氏以外いないのだろうか?
以下がこの記事で引用されている論文リストである。

死の森か、エデンの園か

チェルノブイリでのMollerの研究についてまとめられている。(必読)

1ページ目ではチェルノブイリの立ち入り制限区域が「野生動物の聖域と化しつつある」というのが多くの科学者の間でコンセンサスとなっているが、これに対し、「制限区域は魅惑の森などではなく、いわば放射能によるごきぶりホイホイのようなものであり、動物たちは入ったが最後、出てこない」と異を唱えている少数派が、ティモシー・ムソー(Timothy Mousseau)とアンデルス・モレール(Anders Moller)であるとして紹介している。

ふたりが真っ先に行ったことのひとつが、チェルノブイリ原発事故後の動植物に関する文献の調査だった。ところが低レベルの放射線による個体数への影響についての研究は、ほとんど見つからなかった。欧米の科学者たちによる研究は、放射性同位体や放射性核種の分布図を作るだけのものが大半だった。また、ロシアやウクライナなど地元の科学者による研究はほとんどが機密扱いとされ、非公開になっていた。発表されたものにしても、パソコン上で読めるものはめったになく、印刷されたものにいたっては見つけることさえ不可能に近かった。ソ連からの援助が尽きたことで東ヨーロッパの科学界は混乱に陥り、そのさなかで破棄されたり、行方知れずになっていたのだった。「とにかく記録が見つからなかった」。ムソーは言う。「みんな消えていた」。ふたりが見つけたわずかな文献にしても、英語に翻訳されていたものはひとつもなかった。

上記のようにチェルノブイリ周辺の動植物の個体数に関する研究はほとんどないとのこと。

現在、夏を過ごしに渡ってくるツバメたちは、原発事故以前に比べてはるかに多くの地域から飛来していた。これはつまり、チェルノブイリ周辺の汚染区域に生息するツバメは、外部の助けなしには個体数を維持できないことを示している。ここは吸い込み穴のようなものだった。生存率と出生率の低さを考えると、この個体数は途切れなくやってくる移住者たちによって支えられていたのである。そしてツバメにいえることは、人間がいなくなったことで制限区域で存在感を示しつつあるほかの生物にもいえるのではないだろうか。

「放射能によるごきぶりホイホイ」という仮説は、上記のようにMollerらのツバメの研究成果に基づいて導き出されている。

この記事には、彼らを激しく批判しているセルゲイ・ガシュチャクなる人物が登場する。ガシュチャク氏は、立ち入り制限区域でMollerらの助手を務めたこともあるウクライナの生物学者で、制限区域の動物相の研究に人生を捧げているとのこと。どういうわけかMollerらとまったく異なった科学的結論に達したガシュチャク氏は、Mollerらが発表した研究結果に異議を唱えるだけでなく、その方法論や動機、信頼性にまで疑問を投げかけ、「彼らに出会ってしまったことが残念でならない」と手厳しい。

あらゆる放射線が有害であると示すために、Mollerらは非科学的で偏った意図による結論を導き出したと、ガシュチャク氏は主張している。「わたしはチェルノブイリをよく知っている」、「ここに長年いるんだ。彼らの研究結果を信じることはできない」というのがガシュチャク氏の弁。

「主要な結論のいくつかは、わたしのデータから導き出されるものではなかった」。彼は言う。「彼らはわたしのデータを無視し、歪めた」。発表された論文は、放射線量が高いことと巣箱の利用率が低いことを関連づけ、鳥が汚染がひどい地域での繁殖を避けているとほのめかしていた。しかしガシュチャクはそのような仮説を念頭に置いて実験を行ったわけではなく、そうだとするならば場所選びは不適切だし、生息環境の差異も考慮されていない、と言う。例えば赤い森にはヒタキが好んで巣作りする針葉樹の成木が生えていないので、巣箱が利用されていないことはそれで簡単に説明できるかもしれないのである。

 

ガシュチャクが集めたデータは、生息環境と食べ物が汚染されたことで鳥たちが大きな影響を受けていることを示していた。身体および内臓器官に形態学的変化が見られ、卵と雛の死亡率も高かった。しかしだからといって鳥が汚染のひどい地域を避けているという見方を裏づけることにはならない、と彼は言う。彼はモレールに異論を唱え、論文から自分の名前を削除するよう頼んだ。モレールは拒んだ。ガシュチャクは今回の調査に十分貢献したのだから、好むと好まざるにかかわらず、名前を出さないわけにはいかない、と。以来、モレールとは口をきいていない。

ただし、ガシュチャク氏もMollerらの論文を確実に反証できるような論文を査読のある学術誌に発表しているわけではない。

これに対し、Moller氏は「彼は放射線の悪影響を指摘する論文に名前が載ることを嫌がっていた」、「心底がっかりした。あんな経験は生まれて初めてだった」、「論文にはデータを示したし、ファイルもちゃんと残してある」、「矛盾しているところなどない」と反論している。

この記事では、Moller氏の不正疑惑について以下のように記述している。

モレールの研究に疑問を投げかけた元同僚は、ガシュチャクが初めてではない。2003年、デンマーク科学研究不正調査委員会は、1998年に発表されたオークの葉の非対称に関する論文のなかで、彼がデータを改ざんしているとの判定を下した(ただし彼とその共同研究者はすでに2001年、測定結果と分析に不備があったとして論文を公式に撤回している)。判定を受け、コペンハーゲン大学動物学博物館は彼らの鳥類に識別リングを付けるための許可を更新しなかったため、ふたりは母国でツバメの研究を続けることがほぼ不可能になった。最終的にはフランス国立科学研究センターにも、モレールが意図的に不正を行ったことを示す証拠は見つけられなかった。彼は現在、パリ第11大学で生態学、系統分類学、進化に関する研究の室長をしており、不正告発のすべては私的怨恨によるものだと主張している。

ChesserとBakerによる批判については以下のように記述している。

ところがこの出来事を攻撃材料として、チェルノブイリに関する彼の研究への批判は続いた。そのなかにはロン・チェッサーとロバート・ベイカーという、テキサス工科大学の教授もいた。やはり立ち入り制限区域でガシュチャクと働いたことがあり、彼らもまた制限区域を野生動物が「繁栄」する場所と表現している。しかしながらベイカーとチェッサーは制限区域で数々の研究を行い、モレールとムソーに対する批判で名を知られているにもかかわらず、モレールたちほど多くの成果を発表しておらず、ツバメやその他の生物に関するモレールたちの研究結果と直接比較できるような論文もあまりない。チェルノブイリに関するふたりの論文で最も目を引くのが1996年の『Nature』の表紙を飾った、げっ歯類の遺伝子変異についての研究だったが、翌年には、データに矛盾があったとして撤回している。彼らは制限区域で繁栄する野生動物についてしばしば言及しているが、その発言が科学雑誌に引用されたのは2006年の『American Scientist』の記事の一度きりである。「個体数調査にもとづくデータを見たことがない。きちんと数を調べていない」。ムソーは言う(確かに、制限区域内の大型哺乳類の個体数密度に関するガシュチャクの主張も、観察したうえでの推測にもとづいている)。

ChesserとBakerも査読のある学術誌に反証論文を発表しているわけではないようだ。

鳥の脳の矮小化についてのガシュチャク氏の批判は次のとおり。

鳥の脳を正確に測ること自体に問題がある、とガシュチャクは指摘する。「同じ動物を10回調べて、10回とも違う結果が出ることもある」。彼は言う。「もしこの鳥をイゴールに渡して、彼が調べれば、また新しい結果が出る」。またチジェフスキーは、そもそも5%という数字など統計的には大した意味がない、と主張した。「おかしな結果だ」。彼は肩をすくめた。

(チジェフスキーというのは、チェルノブイリ・エコセンターの研究員であるイゴール・チジェフスキー氏のこと。)

この記事は以下のようにMollerらの研究がウクライナ政府から妨害されているという話で終わっている。

話は変わって、モレールとムソーが『PLoS ONE』に発表した鳥の脳のサイズに関する論文が、ウクライナ政府の目に留まった。ふたりがデータを集めるのをチジェフスキーが手伝っていた。放射能サファリでガイドを務めるガシュチャクの横で、チジェフスキーの電話が鳴った。論文の話が緊急災害省に届き、大臣が機嫌を損ねているらしい。制限区域で鳥を捕獲していいと誰が許可したのか。また、なぜウクライナ政府に雇われている研究者の名前がここに出ているのか。そんな怒りの問い合わせが、上層部から申し送られてきた。結局、チジェフスキーは上司に呼び出され、自ら弁明するはめになった。

セルゲイ・ガシュチャク

セルゲイ・ガシュチャク氏については、以下のリンクも参照。

福島における調査

 1986年4月に起きたウクライナのチェルノブイリ原発事故では、放射性物質によって喉に白斑(部分白化)ができたツバメが10〜15%生じたとフランスの研究者が論文に書いている。

 福島県でも2012年に白斑をもつツバメが1羽見つかったため、日本野鳥の会は、2013年から調査を開始した。汚染度の高い福島県飯舘村や南相馬市では2013年に81羽のうち8羽で白斑個体が見つかった(9.9%)。2014年は151羽のうち11羽に白斑があった(7.3%)。この数字だけを見ると、福島でもチェルノブイリと同様なことが起きているようにも見える。

 

 野鳥の会は2014年には、非汚染地の神奈川県川崎市と新潟県上越市でも同様の調査をした。川崎では121羽のうち2羽(1.7%)、上越では44羽のうち7羽で白斑個体が見つかり(15.9%)、福島よりも高い数値を示した。2年間のデータだけで結論は出せないが、ツバメの白斑の原因は放射性物質の被ばくだけではないようだ。研究者は今年も同じ地域で白斑個体の観察を継続するとともに血液を採取して生理学的な調査も計画している。

 

 福島市の野生ニホンザルで見られた白血球数低下も、別のグループ(東北大)がおこなった調査ではちがう結果がでた。 福島市より汚染度の高い南相馬市で捕獲した60匹のニホンザルの内臓のセシウム濃度と白血球数にはとくにはっきりした相関関係はなかった。これで放射線被ばくを受けても白血球には影響しないと結論することはできないが、「放射線被ばくが原因で野生ザルの白血球が減った」と断定することもできない。昨年のツバメの白斑異常やサルの白血球数減少はメディアでもニュースになったが、白斑は非汚染地でも見られるやサルの白血球減少に相関なしという今年の発表は、私の知る限り、どこのメディアも記事にしなかったようだ。

 福島、チェルノブイリの両地域に共通する14種類の鳥類で比較して、福島の事故のほうが影響は深刻だったという。

 一報を報じたイギリスのインディペンデント紙は、

「チェルノブイリ原発事故と比べて、福島のほうが野鳥の生息数への影響が大きく、寿命が短くなり、オスの生殖能力が低下していることが確認された」

 チェルノブイリでは、多くの動物種のDNA欠落の割合が急上昇して奇形や絶滅が生じ、加えて、昆虫が激しく減少したという。野鳥に関しては福島のほうが深刻だという今回の調査結果には、背筋が寒くなる思いだ。

まずこの記事を読んで疑問に思うことは、事故発生から1年しか経っていないのに、寿命が短くなったり、オスの生殖能力が低下していることがどうしてわかったのか?ということ。多くの鳥は一年以上生きるが、繁殖期はおそらく年1回程度だろう。

また、事故の規模からいうとチェルノブイリのほうが大きいのに、どうして福島のほうが深刻なのだろう?この記事だけではその原因がわからない。

この記事の元となった論文は以下のものであり、おなじみのMollerとMousseauのコンビが登場する。

この論文の共著者である松井 晋氏と笠原里恵氏の解説を以下のリンクで読むことができる。

.調査方法は,チェルノブイリで実施している手法と同様で,1地点5分間のポイントカウントです.5分間同じ場所にとどまって,姿を見た,もしくは声が聞こえた鳥の種類と数を記録します.この調査を地点と地点の間を100m以上離しながら繰り返していきます.

調査は2011年7月11〜15日に,主に夏鳥と留鳥を対象にして,福島第一原発から約30〜50km離れた地域の300地点で鳥類の個体数を種ごとに記録しました.その結果,合計45種の鳥類が記録され,放射線量の高い地点ほど個体数が少ない傾向がみられました.

この調査方法を見てすぐわかることは、寿命やオスの生殖能力の調査など一切してないということ。

また,福島とチェルノブイリではノスリ,ヒバリ,イワツバメ,ツバメ,ハクセキレイ,ミソサザイ,オオヨシキリ,エナガ,ヒガラ,シジュウカラ,コガラ,カケス,ハシボソガラス,スズメという14種の鳥類が共通してみられました.これら14種の鳥だけを対象に2つの地域を比較してみると,放射線量と個体数との間の負の相関関係は,チェルノブイリより福島の方が強いことがわかりました.

たしかに、『放射線量と個体数との間の負の相関関係は,チェルノブイリより福島の方が強い』とのことだが、以下のように考察している。

しかし,この結果は放射線量が鳥類の個体数に及ぼす直接的な影響がチェルノブイリよりも福島の方で強いことを示しているわけではありません.チェルノブイリでは事故から約20年後に調査が実施されているため,突然変異の蓄積した鳥が調査時には既に消失していて,チェルノブイリでは放射線量と個体数の相関関係が福島より弱くなっている可能性があります.

つまり、調査した時点が20年も違うため、野鳥に関しては福島のほうが深刻だなどと安直には言えないということ。

さらに以下のように、別の可能性をもうひとつ挙げている。

また福島の方がチェルノブイリよりも鳥類の生息密度が高かったため,例えば放射線量が高く餌となる虫が少なくなった場所で,鳥類間の競争が激しくなり,個体数が少なくなった可能性なども考えられます.

livedoor ニュースの記事に比べて、共著者たちはかなり慎重な態度であることがわかる。

この論文では放射線が鳥類の個体数に影響している可能性があることを指摘しています.ただし,生物を取り巻く環境は複雑で,野外で得られた放射線量と鳥の個体数の関係の解釈は慎重に行われるべきです.同じ線量の地域に生息していても,放射線の影響は何を食べているか,何を巣材にしているかなどによって異なる可能性があります.また,福島原発の事故が鳥に与える影響は,放射線の直接的なもの以外にも,いろいろなメカニズムが働くことが考えられます.例えば,避難地区では人がいなくなったり,耕作地が使われなくなったりしていることで鳥類にとっての環境は変化しています.環境が変化したことの影響は,種によって異なるでしょう.

環境の変化の違いを考慮していないというのは、Mollerらがかつて受けた批判である。共著者らはこの点についても言及している。

今後は放射線量と環境の経年変化による影響を考慮して,各種の鳥類の個体数変化を経年的に追跡していくことが重要な課題になると思います.

数日間で1地点5分間のポイントカウントをやった程度では不十分で、再実験による検証が必要というのは当然の結論だろう。どうも、MollerとMousseauらの研究手法は雑であるという印象を受ける。ただし、批判者側もちゃんとデータを集めた論文で反証しているわけではないので、その点は注意が必要だろう。

日本野鳥の会による呼びかけ

チェルノブイリ原発事故では、放射性物質の影響により、ツバメに部分白化や尾羽の異常が生じたことが報告されました(MØller & Mousseau, 2006)。福島第一原発の事故でも同様のことが懸念されるため、当会では異常のあるツバメの情報を集めています。

その他(動植物について)

ヒト