ペンタゴンへの攻撃 (911陰謀論)
ペンタゴン(The Pentagon)には、アメリカン航空77便(American Airlines Flight 77)が突入したが、WTCの場合と異なり、その瞬間の鮮明な画像は存在しない。それをいいことに、突入したのは77便(ボーイング757)ではなく、巡航ミサイルやグローバルホーク(RQ-4 Global Hawk)だと陰謀論者は主張したりする。しかし、77便の機体とその乗員乗客の遺体はペンタゴンから見つかっている。ペンタゴン以外の場所から77便の一部が発見されたという話はない。よって、この陰謀論はナンセンスである。
陰謀論の起源
ペンタゴンについての陰謀論を最初に広めたのは、フランス人のThierry Meyssanのようだ。Meyssan氏はその著書「L'Effroyable Imposture」をまずフランスで出版し、20万部以上を売り上げた。これが英訳されて「9/11: The Big Lie」となったが、この本を書くにあたって、Meyssan氏は調査のためにアメリカを訪れたことは一度もなかった。
この本に対して、アメリカ政府はわざわざウェブページ「Did a Plane Hit the Pentagon?」を作って反論している。Meyssan氏は77便について、ちょうど8時56分にテロリストがトランスポンダを切り、ワシントンDCに向かったころに、オハイオ州の上空のどこかで撃ち落とされたとしている。しかしこれでは、どうしてペンタゴンから77便の残骸と乗員乗客の遺体が発見されたのか、一切説明できない。(文献2)
77便以外の何かがペンタゴンに突入したのだとすると、77便の機体、もしくはその破片や乗員乗客がペンタゴン以外のどこかで発見されねばならないが、今のところ、そういった発見はない。
一般的な見解
ペンタゴンへの攻撃に関しては、アメリカ土木学会(American Society of Civil Engineers)の調査報告書「Pentagon Building Performance Report」(文献3)がある。これに基づいて検証している日本語のサイト「ペンタゴンに突入したボーイング」もある。
Purdue大学による旅客機突入のコンピューターシミュレーションを、「September 11 Pentagon Attack Simulations Using LS-Dyna」で見ることができる。
アメリカン航空77便がどのようにペンタゴンに突入したか再現したCG動画がYouTube「911 Case Study: Pentagon Flight 77」で配信されている。YouTubeの「911 Case Study: Pentagon Flight 77 (CNN)」では、このCG動画の製作者Mike WilsonへのCNNのインタビューを見ることができる。
ボーイング757は南西の方向より、秒速約240メートルでペンタゴンの西側の壁に突入した。その際、地面すれすれに飛んでいたので電灯を5本ほどなぎ倒した。(巡航ミサイルには、電灯をこれだけ倒すほどの幅はない) ただし、ペンタゴンの周りの芝生をほとんど傷つけていないため、陰謀論者はこれを巡航ミサイル突入の根拠の1つにしている。
ペンタゴン突入のわずか0.10秒前には、右翼が工事用の750キロワット発電機を直撃し、西側の壁に先端が当たるのとほぼ同時に左エンジンが地面に接触した。直撃後、大きな火球が発生し、建物内部でも火災が生じた。ペンタゴンは変形しながらも原型をとどめていたが、20分後にはリングEの一部が崩壊した。
関連リンク
ペンタゴン関連のデバンキング情報は以下のページを参照してください。
- 「Pentagon」 「911Myths... Reading between the lies」
- 「Pentagon」 「9/11 Guide」
- 「Pentagon」 「Debunk 911 Myths」
- 「The Pentagon」 「Debunking the 9/11 Myths: Special Report」 Popular Mechanics
- 「Flight77.info」 Originally run by Scott Bingham.
- 「ペンタゴンに突入したボーイング」 日本語サイト
- Mark Robertsのサイト
- 「Pentagon Attack & Flight 77 Evidence Summary & Links」 page 1 of 2
- 「Pentagon Attack」 page 2
- 「American Airlines Flight 77」 911myths
ペンタゴンを撮影したビデオは85本もない
ペンタゴンに77便が突入した時のビデオとされるものは現在全部で4つほど公開されている。そのうちの2つは、Judicial Watchが米国情報公開法(FOIA)に基づき入手し、そのサイト「Defense Department Releases Two Videos of Flight 77 Crashing Into Pentagon」で公開している警備カメラのコマ送りの画像である。残念ながら、この画像には77便の機体は、はっきりとは写っていない。しかし、これが現場に一番近い場所から撮影されたもののようだ。
これらのビデオはYouTubeでも見ることができる。
- 「Judicial Watch September 11 Pentagon Video -- 1 of 2」
- 「Judicial Watch September 11 Pentagon Video -- 2 of 2」
これ以外にFOIA請求等で公開されたビデオ(YouTube)としては、以下のようなものがある。どれも77便の姿は映っておらず、衝突後のペンタゴンばかり写っているものもある。今後もビデオが公開されれば、順次リンクしていく。
- 「Judicial Watch 9/11 Doubletree Video」
- 「Judicial Watch September 11 Pentagon Citgo Video」
- 「DEA HQ Roof Camera 9/11/2001」
- 「New Pentagon Footage - AP Reporter Using Tourist Camera Tape 1」
- 「New Pentagon Footage - Tourist On Roadway Tape 2」
WTCのあるニューヨークと比べて、観光地ではないペンタゴンではビデオ撮影している人も少なかっただろうと考えることができるが、陰謀論者は、FBIがペンタゴン周辺から押収した防犯カメラなどのビデオテープは全部で85本あり、それらをFBIが隠蔽していると主張している。
「PULL IT (ボーイングの行方)」の「ペンタゴンの監視カメラのビデオ」のページには、合衆国地方裁判所コロンビア特別区支部の文書「Jacqueline Maguire捜査官の供述書」(文献5)の抄訳が掲載されている。これによると、それらのビデオテープのうち56本には何も写っていないとのことで、残りの29本をMaguire捜査官自身が見てみると、それらのテープのうち16本にはペンタゴンの事件現場は写っていなかった。残りの13本のうち、12本は、突入後のペンタゴンを写しているだけだった。
つまり、ペンタゴンに突入する瞬間の77便が写っているビデオは、Judicial Watchが公開している画像しかないのである。まだ公開されていない残りのビデオには、陰謀論者が言うように、本当に何か写っているのだろうか?
実を言うと、85本のうちほとんどはペンタゴンとは関係ないものだとされている。その多くはニューヨークのWTCやフロリダ州で撮影されたビデオらしい。どうやら、当時FBIが証拠として押収した911テロ事件関連のビデオが85本あったというだけの話で、ペンタゴンへの77便突入関連のものが85本あるという話ではないようだ。
「PENTTBOM.com」(by Scott Bingham)でも、FOIA請求で入手したビデオ10本のうち8本ほどが公開されているが、どれもWTC関連のもので、ペンタゴンのものはない。PENTTBOM.comではFBIが押収した85本のうち64本にFOIA請求をかけているので、徐々に他のビデオも公開されていくことになるかもしれない。なお「PENTTBOM」とは「Pentagon/Twin Towers Bombing Investigation」の略であり、FBIが使用する911テロ事件捜査のコードネームである。(文献6)
さらに、「AAL77.com」の「Videos」でも公開されたビデオをいくつかダウンロードすることができる。
巡航ミサイルを目撃した者などいない
テロが発生した午前9時37分には、ペンタゴン周りのハイウェイは通勤時の車で混雑しており、多数の目撃者がいた。しかし、巡航ミサイルの目撃証言はない。
目撃者の一人、Mike Walterの「翼のついた巡航ミサイルのようだった」という証言を陰謀論者はよく引用するが、これは実際の証言の一部を恣意的に切り出したものである。実際にWalterがCNNに伝えた証言の内容は以下のようなものであった。(文献2)
"窓の外を見ると飛行機が見えた、それはジェット機だった、アメリカン航空のジェットがやってくる。そして「何かがおかしい。すごい低空飛行だ」と思った。そして私は見た。まるで翼のついた巡航ミサイルのようだった。まっすぐ飛んで行ってペンタゴンに突入した。
Walter氏の実際の証言をYouTubeの「9/11 Debunked: 136 Eyewitnesses to Pentagon Attack」で見ることができる。彼は「巡航ミサイルのように飛ぶアメリカン航空のジェット機を見た」というようなことを言っているにすぎない。「9/11 Pentagon Attack Eyewitness Mike Walter」ではWalter氏自身が「ミサイルなど見ていない」と証言する様子を見ることができる。
文献2によると、まじかで77便をはっきりと見た者もいる。たとえば、警察官のWilliam LagasseはABC放送の「Nightline」のインタビューに次のように答えている。
窓のブラインドが下ろされているのが見えるほど近かった。アメリカン航空と書かれているのも読めた… その飛行機は私の頭上、地上から2.4メートルほどの高さだった。
さらにレーガン国際空港の管制塔の要請で、近くを飛んでいた国家警備隊のC-130H貨物輸送機が、77便と思われる飛行機を確認追跡していた。C-130Hのパイロットはその飛行機がボーイング757であることを確認し、ペンタゴンに突入直後の9時38分に「その飛行機はペンタゴンに突入したようです」と報告している。(文献4)
その他の多数の目撃証言は「Pentagon Witness Accounts」で読むことができる。「Pentagon Attack & Flight 77 Evidence Summary & Links」(page 1 of 2)によると、こうした目撃談をまとめると、136人がペンタゴンに近づいていく飛行機を見ており、104人がペンタゴンに飛行機が突入するのを直接見ている。そして、26人がアメリカン航空のジェット機だった、39人が大きなジェット旅客機だった、と証言している。さらに、7人がそれはボーイング757だったと証言している。巡航ミサイルだったと言っている者はいない。
ペンタゴンに開いた穴の大きさ
陰謀論者はペンタゴンに開いた穴は直径5メートル弱で、旅客機が突入したにしては小さすぎると主張する。藤田幸久議員も参議院での質疑で穴の疑惑について取り上げているが、ペンタゴンに開いた穴の具体的な大きさについては述べていない。(文献1)
しかし、文献3によると、衝突時に生じたペンタゴン西側正面の著しい損壊部分の幅は120フィート(約36.5メートル)あり、旅客機の進行方向に垂直な方向に投影すると、90フィート(約27メートル)になる。この幅は、飛行機の翼幅125フィート(約38メートル)よりは狭いが、「小さすぎる」というわけではない。旅客機をそのまま縁取りして刳り貫いたような穴が鉄筋コンクリートの建造物に開くわけではない。また、ペンタゴンに突入する前に77便の主翼は電灯や発電機などにぶつかっていたので、破損していた可能性もある。目撃者の一人Mike Walter氏は「9/11 Pentagon Attack Eyewitness Mike Walter」で、77便の翼は衝突の際、胴体の付け根の部分で後ろに折れ曲がったと証言している。
スタッブルバイン元少将の証言
以下のYouTubeの動画で、米ソ冷戦時代に画像解析を専門に行っていたと称する元陸軍少将のアルバート・スタッブルバイン氏(Albert Stubblebine)が、旅客機の大きさに比べて、ペンタゴンに開いた穴の大きさは小さすぎると証言している様子を見ることができる。
- 「Major General Stubblebine Speaks Out」 YouTube
- 「General of all American Intelligence: 911 was a fraud!」 YouTube
この件に関しては、「PULL IT (ボーイングの行方)」の『A=スタッブルバインによる「分析?!」』も参照。
このスタッブルバイン元少将は超能力マニアの間ではそこそこ名の知れた人物である。「実録・アメリカ超能力部隊」(ジョン・ロンスン著、文藝春秋)という本の冒頭で、スタッブルバイン少将が超能力により壁を通り抜けようとして失敗し、鼻を壁にぶつけてしまったエピソードが紹介されている。
アメリカ軍部やCIAの超能力研究では「スターゲート計画」が有名だが、スタッブルバイン少将はこの計画に参加していた超能力者に、パナマ共和国の独裁者だったマヌエル・ノリエガの行動を透視させようともしていた。さらにスタッブルバイン少将は、壁抜けで敵の基地に潜入したり、負傷した仲間を心霊手術で治せるような超能力部隊を本気で編成するつもりだったようだ。
これは余談になるが、「Patriots Question 911」というサイトで、スタッブルバイン元少将は「公式報告に疑問を呈する元軍人」のリストに掲載されている。おもしろいことに、アポロ14号の乗組員だったエドガー・ミッチェル氏(Edgar Mitchell)もこのリストに挙げられているが、ミッチェル氏もアポロ14号内で超能力実験を行ったことで有名である。また、ミッチェル氏は「アメリカ政府は宇宙人が地球に来ているという事実を隠蔽している」という陰謀論の肯定派でもある。(ASIOS公式ブログの「エドガー・ミッチェル健在」を参照)
77便の残骸
陰謀論者はペンタゴンの周りに77便の残骸が見当たらないことを、巡航ミサイル突入の根拠としている。藤田議員も国会の質疑で「芝生にもぜんぜん残骸がない」と述べている。
たしかに残骸は少ないが、これは77便の機体はペンタゴンの鉄筋にぶつかりばらばらになりながら、ほとんどがペンタゴンの建物内部に入り込んでしまったからである。さらに、77便の機体の78%はアルミ合金で出来ていたので、その後の火災でその多くは融けてしまったとも考えられる。それでも77便の残骸が写っている画像をいくつもインターネット上で見ることができる。
- 「Image:Flight 77 wreckage at Pentagon.jpg 」 Wikipediaで公開されている、ペンタゴンの芝生の上の77便の残骸の有名な写真。
- 「9/11 Debunked: Pentagon Flight 77 Photo Evidence 」 YouTubeの「9/11 Debunked」シリーズの1つ
- 「757 wreckage」 911Myths...
- 「Debris at the Pentagon」 Flight77.info
- 「Pentagon & Boeing 757 Wheel Investigation」 aerospaceweb.org:ペンタゴンで発見された77便のタイヤについて
- 「Airplane fragment in patriotic box」 National Museum of American History, Smithsonian Institution :77便が電灯と接触した際に砕け落ちた翼の破片を見ることができる。
ところが、これらの残骸が本当に77便のものであるか確認できるシリアルナンバーが出てきていないと、陰謀論者は主張する。いったい機体のどの部分についたシリアルナンバーのことを言っているのだろうか?ペンタゴンからは乗員乗客の遺体が発見され、DNA鑑定もされている。どうして陰謀論者はこうした事実を無視するのか?
77便のブラックボックスもペンタゴンで回収されたが、残念ながら、ボイスレコーダーは衝突と火災で損傷しており、再生は不可能だった。ただし、フライトレコーダは回収され、飛行経路が確認されている。
ペンタゴンで発見された謎のディスク
「ペンタゴンに突入したボーイング」のページ「外の破片」によると、「エンジンの部品などといわれながらも、ボーイングにしては小さいという謎の円盤」がペンタゴンで発見された。ここでは、これを77便の右翼が破壊した工事用の発電機と関係があるかもしれないとしている。その大きさは幅63.5〜76.2cmと推定され、明らかにボーイング757のエンジンの最大直径である1.8メートルよりも小さかった。
American Free PressのChristopher Bollynによる記事「 Industry Experts Can’t Explain Photo Evidence」によると、専門家もこのディスクの正体を説明できないとのこと。American Free Pressの記事を要約すると以下のようになり、結論としてディスクの正体は謎だということになっている。
- ボーイング機の尾部にある補助動力装置(APU)の部品ではないかと、製造元のアリゾナ州フェニックスのHoneywell社航空部門に問い合わせると、同社の匿名の専門家は完全に否定。
- インディアナポリスのロールス・ロイス社の広報担当John W. Brownは、同社が製造しているエンジンAE 3007Hではないと否定。このエンジンは軍用無人偵察機のグローバルホークのエンジンでもある。
- さらにBrown氏は、このエンジンがボーイング757のRB211-535か グローバルホークのAE 3007のものか問われると答えられなかった。
- Teledyne Continental Motors-Turbine Engines社で巡航ミサイルのエンジンの製造に関わった匿名の元技術者は、これはおそらく家屋の交流発電機か起動装置のベアリングであり、巡航ミサイルのファンではないと否定。
しかし、ここで注目すべき点は、このディスクがグローバルホークのものでも巡航ミサイルのものでもないということがわかったということだ。つまり、このディスクは陰謀論の根拠にはならない。「翻訳前のアメリカ」の「第六十七回配信 9-11陰謀論 その2」によると、この記事を書いたBollyn氏は陰謀論を支持する「ホロコースト否定論者」である。つまり、Bollyn氏は謎のディスクの正体を意図的に隠している可能性がある。
Aerospace Web.Orgの「Pentagon & Boeing 757 Engine Investigation」によると、77便のエンジンはイギリスのロールス・ロイス社製のRB211-535E4Bトリプルシャフト・ターボファンだった。このエンジンには前部のファンよりも小さいコンプレッサーやタービンといった丸い部品がたくさん付いている。コンプレッサーのディスク中枢部の幅は約69cm、タービン中枢部は約63.5cmであり、ペンタゴンで発見された「謎のディスク」の直径に当てはまる。
グローバルホークのエンジンを製造しているインディアナポリスのロールス・ロイス社は、ボーイング757のエンジンを製造してはいない。ボーイング757のRB211を製造しているのはイギリスのDerbyにある工場である。 インディアナポリスの工場は1995年にロールス・ロイス社に合併されたので、その広報担当が本社で製造されているエンジンに詳しくなくても当然である。Aerospace Web.Orgは、謎のディスクはボーイング757のエンジンRB211-535の破片であろうと結論している。
ペンタゴン攻撃の犠牲者について
「Forensic feat IDs nearly all Pentagon victims」(文献8)によると、ペンタゴンにおける法医学的な捜査は2001年11月16日に終了し、189人の犠牲者(77便の乗員6名、乗客58名、ペンタゴンの125名)のうち、184人の身元を特定した。(ハイジャック犯はこの中に含まれていない) 犠牲者のうち病院に搬送されてから死亡したのはたった一人だけだった。その他の犠牲者は現場で死亡しており、遺体の一部分しか見つかっていない者もいる。
遺体の調査については、FBIの専門家は爆発物の痕跡を探し、指紋照合も行った。 法医歯学の専門家による歯型の照合も行われた。遺体のX線写真が撮影され、骨折の跡がないか調査された。その後、死因を検証するため解剖も行われた。組織サンプルも採取され、DNA鑑定と毒物学的調査も行われた。
ところが、ペンタゴンに77便は突入していないので、ペンタゴンからは乗員乗客の遺体は発見されていない、などと陰謀論者は主張する。たとえば、911真相究明運動の扇動者の一人デイビッド・レイ・グリフィン氏(David Ray Griffin)は来日した際、大阪での公演(2008/11/1)で以下のように述べている。(文献7)
そういえば、まだ遺体に関する質問に答えてなかったね。もちろん遺体はあったさ。殺された125人のペンタゴンで働いていた人たちの遺体が。しかし、飛行機に乗っていた誰かがペンタゴンで死んだという証拠を我々は持ち合わせていないんだ。われわれが知っている唯一のことは、飛行機からの遺体とペンタゴンからの遺体は陸軍の病理学研究所に現れたということだ。しかし、それらの遺体がFBIと軍によって運ばれてきたということは不則なことだった。遺体はペンタゴンから別の建物に移され、そして病理学研究所に運ばれてきた。よって、その中継となった建物に飛行機からの遺体はどこか別の所から運ばれてきたかもしれないのだ。そして病理学研究所の人々はそれらの遺体はペンタゴンから来たと推測しただけかもしれない。
つまり、グリフィン氏の主張では、64人の乗員乗客(と5人のハイジャック犯)はペンタゴンとは別の場所で殺され、しかもその遺体は航空機事故で死亡したように見せかけるため、損壊・加工されて検死官のところに運ばれてきたことになる。
もしこれが本当だとすると、アメリカ政府の秘密組織が自国民に対して極めて残酷で異常な行為を行ったことになるが、この主張にはなんの証拠もない。根拠もなくこういうことを言うべきではないだろう。
「Firefight」(文献9)は、2008年9月11日からそれ以降にペンタゴンで行われた消火・救助・調査活動について書かれた本であり、遺体発見についても記載がある。77便乗員乗客の遺体の多くは突入の衝撃でバラバラに引き裂かれ、さらにその後の火災により焼かれてもいた。しかし、原型をとどめる遺体もあり、旅客機の座席にシートベルトをしたままの遺体も見つかっている。
「To Hell and Back At The Pentagon」(文献10)には、子供の片手を発見した体験談が掲載されている。ペンタゴンには子供はいなかったと考えられるが、77便の乗客には子供がいた。以下のサイトで77便の乗客リストを見ることができるが、3歳から11歳の子供がいたことがわかる。
- 「AA Flight 77」 September 11: A Memorial, List of names, CNN.com
- 「American Airlines Flight 77 」 The victims of September 11, Boston Globe
- 「People killed in plane attacks」 USA TODAY, 09/25/2001 - Updated 12:52 PM ET
また、以下の記事では77便に搭乗していた子供の所持品(靴、小さなスーツケース、ぬいぐるみ)を発見した体験談が掲載されている。
- 「Recovery worker who rushed to Pentagon crash site said her faith helped her through emotional weeks that followed」 By Richard Szczepanowski, Thursday, September 5, 2002, The Catholic Standard
Popular Mechanics誌のサイト「Flight 77 Debris」によると、テロ攻撃直後にペンタゴンに駆け付けた建築物エンジニアのAllyn E. Kilsheimer (KCE Structural Engineers PCのCEO)は、Popular Mechanics誌のインタビューに次のように答えた。
それは間違いなく飛行機だった。なぜだか教えてやろう。私は建物の表面に飛行機の翼の跡を見た。私は航空会社のマークの入った飛行機の破片を拾い上げた。飛行機の尾部を私は自分の手で持ったんだ。そしてブラックボックスも見つけた。乗員のユニフォームの一部も手にしたさ。その中には遺体の一部も含まれていたんだよ。わかったか?
さらに、なんといっても「20人目のテロリスト」ザカリアス・ムサウイ(Zacarias Moussaoui)被告の裁判の際、捜査当局が証拠として提出した資料の中に、ペンタゴンでの犠牲者が発見された配置図「P200318」がある。これは裁判所に提出された証拠であり、もしこれが虚偽のものであるとしたら、偽証罪で訴えられかねない。しかし、FBIがウソの証拠を裁判所に提出したという証拠はないのだ。
また、History Commonsの「Pentagon Victims Taken to Dover Air Force for Mortuary Operations」(文献11)によると、ペンタゴンの犠牲者の遺体は北駐車場の一時安置所に収容され、写真撮影と標識が付けられた後、冷凍された。その後、Belvoir駐屯地のDavison軍用飛行場からDover空軍基地の戦時用の大型遺体安置所に運ばれた。こうした運搬の間中、FBIの捜査官が同行している。
つまり、犠牲者はすべてペンタゴンで発見されており、どこか別のところから運ばれてきた等という話は、単なるナンセンスである。
ペンタゴンで発見された遺体については以下のリンクも参照。
- 「犠牲者」 ペンタゴンに突入したボーイング
- 「P200318」 United States v. Zacarias Moussaoui, Criminal No. 01-455-A, Prosecution Trial Exhibits
- 「Forensic Radiology: Response to the Pentagon Attack on September 11, 2001」 H. Theodore Harcke, Col, MC, ARNG, Joseph A. Bifano, Maj, USAF, MC and Kelly K. Koeller, April 2002 Radiology, 223, 7-8.
ハイジャック犯らの遺体
「Forensic feat IDs nearly all Pentagon victims」(文献8)によると、2001年11月16日に終了したペンタゴンにおける法医学的な捜査では、189人の犠牲者のうち、184人の身元を特定した。遺族から提供されたDNAサンプルと一致しなかったこれ以外の5人がハイジャック犯とされた。(身元が確認されていない5人の犠牲者とは別に5人のハイジャック犯がいる) 2009年の下記の記事によると、全19名のハイジャック犯のうち13名(93便と77便の合計9名とWTCに突入したうちの4名)の遺体が確認されている。ハイジャック犯らの隠れ家で発見されたDNA痕跡等から鑑定したようだ。
- 「EXCLUSIVE: REMAINS OF 9/11 KILLERS FOUND」 By Stuart Winter, Daily Press, UK NEWS, Sunday January 11,2009
77便と93便に搭乗していた9人のハイジャック犯の残存する遺体は、バージニア州のFBI施設のどこかにある冷凍庫に保管されている。WTCに突入したハイジャック犯10人のうち4人分の黒焦げになった骨片は、ニューヨークの秘密の建物に保管されている。ただし、どのハイジャック犯の遺体が確認されたかについてFBIは明らかにしていないので、主犯格のモハメド・アタの遺体がそのなかにふくまれているかどうかは不明である。この件に関しては「テロリストとアル・カーイダ」の項目も参照。
- 「Hijackers DNA profiles」 911 Myths
その他
- Photos show Pentagon during wake of 9/11 By Deena Zaru, CNN、Updated 1908 GMT (0308 HKT) March 31, 2017、CNN
誰がブラックボックスを発見したか?
- 「How NOT to run a debunking site」 UNLoVedRebel, JREF Forum, 29th October 2008, 11:03 AM
- 「Web Exclusive: Washington’s Heroes: On the ground at the Pentagon on Sept. 11」 Lt. Col. Ted Anderson, Newsweek Web Exclusive, Updated: 6:51 a.m. ET Sept.28, 2001
- 「Flight 77 Debris」 Popular Mechanics, Debunking the 9/11 Myths: Special Report
フライト・データ・レコーダ(FDR)について
- 「AA77 FDR Data, Explained」 Anti-sophist, JREF Forum, 14th October 2006, 01:10 PM
- 「Pilots For 911 Truth RO2 Flight Path Verified」 911files, JREF Forum, 17th December 2008, 12:49 AM
低空飛行について
- 「Pentagon & Boeing 757 Ground Effect」 aerospaceweb.org
バーバラ・オルソンの電話
- 「Barbara Olson」 Wikipedia, the free encyclopedia
- 「バーバラ=オルソンさんの電話」 PULL IT (ボーイングの行方), (2008/04/20)
- 「Barbara Olson calls」 911myths
- 「Barbara Olson」 911myths
- 「Ted Olson FBI Interview」 911myths
- 「American Airlines Flight 77 Calls」 911myths
- 「American Airlines Flight 77 - Phone calls -」 Debunk 9/11 Myths
参考文献
- 藤田幸久議員のサイトの以下のページで、国会で行われた911陰謀論の質疑応答の内容や映像を見ることができる。
- 「外交防衛委員会における藤田幸久の質疑議事録」 2008年1月10日
- 『参議院外交防衛委員会「9.11同時多発テロの検証」についての質疑映像』 2008年1月10日
- 「米国同時多発テロに関する質問主意書」 平成20年1月24日
- 「米国同時多発テロに関する再質問主意書」 平成20年2月12日
- 「米国同時多発テロに関する第3回質問主意書」 平成20年3月27日
- 『外交防衛委員会における藤田幸久の質疑議事録「クラスター爆弾/ 思いやり予算 /911真相究明問題」』 2008年4月24日
- 『「クラスター爆弾問題/思いやり予算問題/9.11真相究明」についての質疑映像』 2008年4月24日
- 「Debunking 9/11 Myths: Why Conspiracy Theories Can't Stand Up to the Facts」 Brad Reagan (編集), David Dunbar (編集)、Hearst Books (2006/8/28)
- 「Pentagon Building Performance Report」 Mlakar, P. F.; Dusenberry, D. O.; Harris, J. R.; Haynes, G.; Phan, L. T.; Sozen, M. A.: ASCEの調査報告書
- 「9-11 Commission Report」 The National Commission on Terrorist Attacks Upon the United States(9-11 Commission)の報告書
- 「Declaration Of Jacqueline Maguire」 Case 1:05-cv-00475-PLF Document 16, Filed 09/09/2005, United States District Court District Of Columbia
- 「9/11 Investigation (PENTTBOM)」 Federal Bureau of Investigation
- 「David Ray Griffin "Explains" the Bodies」 Screw Loose Change, Wednesday, November 05, 2008
- 「Forensic feat IDs nearly all Pentagon victims」 Christopher C. Kelly, Stripe, Thursday, November 29, 2001 (dcmilitary.com)
- 「Firefight」 by Patrick Creed、Rick Newman、Presidio Press; 1 edition (May 27, 2008)
- 「To Hell and Back At The Pentagon」 By Tatiana Morales, WASHINGTON, Sept. 11, 2002, CBS News
- 「Pentagon Victims Taken to Dover Air Force for Mortuary Operations」 History Commons, September 11-November 16, 2001