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近藤誠

最後に、近藤氏によるがん検診不要論で何よりも問題だと思うのは、机上でグラフをみせながら数字やデータの出し入れ操作という作業に徹しているということです。グラフの中には、患者さん一人ひとりのさまざまな苦悩や無念な人生が、数多く含まれているということを決して忘れてはなりません。

 

医者を見たら死神と思え?

 

その医者とは、ほかの誰でもない近藤誠氏ご自身のことではないでしょうか。


 僕のところに来た患者さんで胃がんの男性患者さんがいます。ステージ1で発見され、国立がん研究センター中央病院に行ったら、すぐ手術をしましょうという。その方は、近藤先生の著書を読んでいたので、近藤先生にセカンドオピニオンを受けに行った。すると近藤先生は「放置するに限る」というのです。放置するとがんはどんどん大きくなって、もともと幽門部近くにできたがんだったので、幽門部を塞いでしまった。嘔吐はあるし食事もできない。その状況になって、いくつかの医療機関を受診するとやはり手術を勧められる。

 

 水も飲めなくなった頃に僕の本に出会って、僕のところにやってきた。その方は近藤先生の本を10冊くらい読んでいて、付箋をたくさん貼っている。つまり精読しているんです。でも苦しいから僕のところに来てなんとかしてくれという。手術を勧めると手術は嫌だという。もう1時間、押し問答ですよ。これは洗脳を解く作業に近い。最終的に手術に応じてくれたので、外科を紹介しました。

 

 手術した後で、僕のところにお礼を言いに来てくれました。恥ずかしそうでしたが、食事も取れるようになって体重も増えて、とても元気になっていました。最初はステージ1でしたが、半年ほど放置して手術した時点ではステージ3でした。ステージ3ですから本当は術後療法として抗がん薬を使った方がいいのですが、まだ抗がん薬まではどうしても受けたくないというので、手術までしたのだからというので患者さんの意向を尊重して、薬物投与は行っていません。


 年末の定番企画に乗っかり、当連載では今年キラキラ輝いていたスピ物件を振り返ってみましょう。

1位 トンデモ医の勢いが止まらない!

 殿堂入りの〈トンデモ医〉たち、今年も大活躍です(悪い意味で)。反医療、反原発、反ワクチン、打倒砂糖牛乳添加物。まずはロイヤルストレートフラッシュ並みに香ばしい思想をお持ちでいらっしゃる自称キチガイ医こと、内海聡氏。今年も鼻息荒く「障害児の出産は親の責任」なる発言で大炎上。

 子宮頸がんは放置してよし! と主張する、ご自身が癌のような近藤誠医師は、川島なお美さんが亡くなると「死んだら守秘義務の対象じゃないもんね」とばかりに週刊誌にセカンドオピニオンの様子を暴露するというゲスッぷり。

 胎内記憶でおなじみの池川明医師は、今年10冊近い新刊を出し、勢い止まらずといったところ。しかしこの年末は覚せい剤を与えられたりゴミ箱に突っ込まれたりして乳児が亡くなる事件がありました。これでもまだ〈子どもは親を選んで生まれてくる〉説を貫くのか、ぜひその見解をお聞かせいただきたいです。

 近藤医師の本では、「がん治療」というものがひとくくりにされてしまい、「抗がん剤は副作用で患者さんを苦しませるだけで、効かない、意味がない」などと安易なレッテル貼りが行われています。

 

 ところが現在、実際の治療の現場での抗がん剤使用は、まず第1に「副作用対策」が優先され、「治療効果」はその次です。どんなに優れた薬剤でも継続できなければ意味がありません。だから副作用のコントロールを重要視するのです。

 

 近藤医師が言うところの「抗がん剤の副作用」は、30年前の冶療状況を指すもので、現状とは程遠い古い情報であることを心に留めておいてください。

 問題なのは、「本物のがん」と「がんもどき」の間の「中間のがん」がないと言っていることです。早期発見・早期治療すれば命が助かるがんもあるわけですが、近藤医師はそのようながんについてまでも「放置しておけばいい」と主張してきました。

 がんと診断されたにもかかわらず、増悪も進行もせず自覚症状が出ない方もなかにはいます。極めて稀ではありますが、がん組織が自然に消えてしまう例もないわけではありません。だからといって、治療対象と診断されたがんを放置することがよいとはとても言えないのです。

 20年前の抗がん剤治療は進歩の途中だったため、近藤医師が言うようにあまり治療効果がなく、患者の体力ばかりを奪う例もありました。しかし現在の医療は20年前とは比べものにならないほど進歩し、抗がん剤の種類は増え、副作用を軽減する対策も進んでいます。

 立って歩いて外来診療に来られず、体力が著しく弱った患者には、今では抗がん剤治療はやりません。末期がんの患者ともなると緩和ケアに努め、患者に無理を強いる治療はしないように医療のやり方は変わっているのです。

 放射線治療にしても、患部だけにピンポイントで放射線を当てられる高精度の治療装置が開発されました。がん治療の精度は高まっているにもかかわらず、近藤医師の主張は医学の進歩がまるでなかったかのようです。

 独自の理論にもとづき、続々とベストセラーを出す慶応大学放射線科講師の近藤誠医師に対し、「根拠のないがんもどき理論を撤回せよ」と訴える医師が現れた。その人物とは、小説『白い巨塔』の主人公・財前五郎のモデルとなったとされる、大阪大学第二外科元教授で、かつて日本外科学会会長を務めたこともある医学界の権威、神前(こうさき)五郎医師だった。

 近藤医師は、臓器転移があるがんを「本物のがん」、臓器転移がないがんを「がんもどき」と定義している。そして、本物のがんならすでに転移していて、手術や抗がん剤治療をするとかえって命を縮めてしまう。がんは放置したほうがいいと結論を導いている。

 

 この「がんもどき理論」を知った神前医師は、「このままでは患者を誤解させてしまう」と危惧し、〈近藤誠氏著『がん放置療法のすすめ』を読んで〉と題する意見文を書き、8月3日発行される大阪大学外科学講座同窓会誌「絆刀」に発表することにした。その内容を一部抜粋する。

 

〈本物のがんとがんもどきの違いは他臓器転移を作るか作らないかの一点のみで、他の科学的な識別の方法、たとえば癌細胞の核異型度とか、gene signature(編集部訳:遺伝子サイン)とかについては一切言及されていない。また、癌が新しく発見された時点では、ほとんどの場合、がんもどきなのか、本物のがんなのか判別できないという。言い換えれば、がんもどきは形而上の概念であって、科学的実在とは区別すべきものである〉

 

〈この理論に従って胃癌の実態を解析したところ、すべての胃癌はがんもどき早期癌の時期を経て、次々と本物のがんとなり、癌死をもたらすというものであった。この理論と実態の乖離については、近藤氏に科学者(医師)として答を出していただく外ないだろう〉

:子宮頸がんは、20〜30代の若い世代に急増しているがんですが、予防できるものであり、早期発見して早期治療できれば、最悪の事態はまぬがれ得る病気です。それを放置していいと勧めるのは、たいへん罪深いことです。子宮や卵巣の摘出にとどまらず、命に関わってきますから。

 

私の周囲の産婦人科医は口をそろえて「近藤氏は子宮頸がんで苦しみながら亡くなっていく患者さんを診たことがないんだろうか」と嘆いています。おそらく今後も診ることないでしょうし、その主張を信じて放置した女性がどのような最期を迎えても責任を取ることはないのでしょう。それなのにこうした発言をする思考回路は、私たちには理解できません。


川島なおみ

〈「切る必要はありません。きっとがんもどきです。様子をみればいいでしょう」 そう言われるかと思いきや、意外な答えが返ってきました。「胆管がんだとしたらとてもやっかいだね。2、3年は元気でいられるけど、ほうっておいたらいずれ黄疸症状が出て肝機能不全になる。手術しても生存率は悪く、死んじゃうよ」──言葉が出ませんでした。きっとこの先生の前で泣き崩れる患者さんは多々いたはず。でも、私は初めて会った人の前で泣くなんて、カチンコが鳴ってもいないのにできなかった。また何か悪い夢でもみているよう……〉

「ほうっておいたら、死んじゃうよ」──残酷な死亡宣告に固まる川島。しかし、近藤医師がその後に発した一言に救いを求めてしまう。

〈固まっていると、先生がすぐさま言いました。

「でも肝臓は強い臓器だからね、80パーセント以上腫瘍が占めるまではなんともない。ラジオ波がいいよ」

 一瞬にして光が見えた気がしました〉

 近藤医師が勧めた「ラジオ波」とはラジオ波焼灼術のことで、腫瘍の中に電極計を挿入し、ラジオ波電流を流すことにより、熱によって病変を固めてしまうもの。保険が適用され肝細胞がんでは標準的な治療法とされている。このときの診断を近藤医師は前述の「文藝春秋」のインタビュー記事で次のように語っている。

〈川島さんは『切除手術も抗がん剤治療も受けたくない』とおっしゃる一方で、「とにかく初発病巣だけは何とかしたい」との思いを持っておられるようだったので、僕は切除手術に比較して体への侵襲度がはるかに低い「ラジオ波焼灼術」を提案しました。これなら入院期間も格段に短く済みますからね。彼女には「万が一、転移が潜んでいたとしても、病巣にメスを入れる切除手術とは違い、肝臓に針を刺して病巣を焼く焼灼術なら、転移巣がどんどん大きくなってしまう可能性も低いでしょう」〉

〈(放射線治療との比較をすれば)ただ、制御率の面では、ラジオ波だったら百人やってほぼ百人がうまく行くんだけど、放射線の場合は百人やってうまく行くのは九十数人と取りこぼしが出る可能性があるんです。それでラジオ波を提案したところ、川島さんもかなり乗り気の様子で、「今の主治医に相談してみます」とおっしゃっていました〉

 ラジオ波ならうまく行く、そう聞いた川島は「ありがとうございます。ラジオ波の専門医をもう予約してあるので行ってきます、不幸中の幸い、運ってものがあるとしたら、私は人一倍強いので」と近藤医師と握手して辞去する。

 川島が「運ってものがある」といったのは、次の日、ラジオ波の名医のセカンドオピニオンを受ける予約をしていたからだ。ところが、翌日、関西弁を駆使するマイペースだが頭はシャープそうなラジオ波の名医の一言は再び川島を絶望の奈落に突き落とす。

「う〜ん……胆管がんは一般の肝臓がんと違って、ラジオ波じゃとりきれんのですわ。良心的な医者なら90パーセント、今回の場合、ラジオ波はおすすめしませんな」

 なんと近藤医師がセカンドオピニオンとして提案したラジオ波は川島の胆管がんには適応しないというのだ。これにより、川島は途方にくれるのだ。

〈M先生(引用者注:近藤医師のこと)は確かに「私の患者で、胆管がんの人を何人もラジオ波専門医に送り込んだよ」とおっしゃっていましたが、あれって一体なんだったのでしょうか?〉

 その後、川島が腹腔鏡手術の名医であるK先生に出会い手術を決断する10月まで、がんを放置し進行させてしまった。

 結局、近藤医師のセカンドオピニオンは的外れのラジオ波治療というものだった。川島の夫である鎧塚氏も「追記」の中で〈専門医による「胆管がんにラジオ波は有効ではない」との判断とM先生(引用者注:近藤誠医師のこと)との見解の違いについては、確かに今でも疑問に感じることがあります〉と書いている。

 また、診療代についても、川島は不満を書いている。

〈M先生がデータを見ながら説明してくれた時間は、約15分。お支払い含めて20分足らず。消費税がまだ5パーセントの時代、20分のセカンドオピニオンで3万1500円也。領収証は頼んでいないうちから書かれていました。お高い!!〉

 なお、〈この人だったら命を預けてもいい、そう思える医師」である腹腔鏡手術の名医であるK先生のセカンドオピニオンは〈診察に1時間以上かけていただきましたが、お会計は1万円という大変良心的な値段だった〉という。

川島なお美さんの闘病手記「カーテンコール」(新潮社) が本日発売され、目を通してみました。芸能人ならではのリテラシー問題も垣間みえましたが、生活 (=life) の質というQOLではなく、人生 (=life) の質、生き方 (=life) の質というQOLを何よりも大切にされていたことが伺えました。あとは、本書にたびたび登場してくる藁にもすがる思いにつけ込んだ、がんビジネスが盛んなことにも驚きました。

そして、かねてから問題視してきた近藤誠氏によるセカンドオピニオンのまずい実態が明らかにされたことだけではなく、彼女が受けた腹腔鏡手術についての新たな疑問点もみえてきたので述べてみたいと思います。

 

本書の中では、ドクターとの「お見合い」と記されているように、川島さんは自身が心底信頼の置ける医師を求めて、多くのセカンドオピニオンを受けていたようです。その中でも、近藤氏のもとへは2番目に訪れて、以下のように言われて大変ショックを受けたと記述されています。

 

(近藤氏)「(前略) 手術しても生存率は悪く、死んじゃうよ」

- 言葉が出ませんでした。

きっと、この先生の前で泣き崩れる患者さんは多々いたはず。

 

前回ブログでも示しましたが、患者さんと向き合う近藤氏の姿勢には昔から問題があったのは事実のようです。

 

そして、当時の川島さんの「がん」の大きさは径1.7cmという記載があります。2cmに満たない「肝内胆管がん」は予後良好です。以前にこのブログでも示した通り、適切な手術をこのタイミングで受けていれば、少なくとも5年生存率は70%以上、場合によっては100%まで期待できたかもしれない状況であったことが明らかとなりました。

 

「手術しても生存率は悪く、死んじゃうよ」

 

一体なぜ、適切な手術を受けることで得られる生存利益について、公平な説明がなされなかったのでしょうか。

その代わりに、近藤氏は、川島さんに以下のような不可解な説明をしていました。

 

ぼく(近藤氏) は『ラジオ波なら手術をしないで済むし、1ショットで100%焼ける。体への負担も小さい。そのあと様子を見たらどうですか?』と提案しました。『手術しても十中八九、転移しますよ』ともお伝えしました。むしろ手術することで転移を早めてしまう可能性もあるからです」(NEWSポストセブンより)

 

ラジオ波?で根治は望めません。手術で十中八九転移?はしません。明らかに誤った医学的判断といえます。これに対して、川島さんは以下のように述べています。

 

M(近藤)先生がデータを見ながら説明してくれた時間は、約15分。お支払い含めて、20分足らず。消費税がまだ5パーセントの時代、20分のセカンドオピニオンで3万1500円也。領収証は頼んでいないうちから書かれていました。お高い!!

 

文藝春秋(十一月号)で意気揚々と記事にされた川島さんへのオピニオンは、わずか15分ほどのものであり、なおかつ、川島さん本人はまるでそのオピニオンには納得していなかった様子がみてとれます。そして、3番目に受けたセカンドオピニオンを聞き終えたあとで、川島さんは以下のようにも述べています。

 

M(近藤)先生は確かに「私の患者で、胆管がんの人を何人もラジオ波専門医に送り込んだよ」とおっしゃっていましたが、あれって一体なんだったんでしょうか?

 

夫の鎧塚俊彦氏も、追記としてこう述べられています。

 

専門医による「胆管がんにラジオ波は有効ではない」との判断とM(近藤)先生との見解の違いについては、確かに今でも疑問に感じることがあります。

そして、人間は、医学や科学では計り知れない心という存在が大きく生き方を左右するものであって、がんへの対処だけではなく、がん患者の心と真摯に向き合うことの大切さをひしひしと感じました。

 

医師としてデタラメを言っても恥じず、都合のよい思想を押し付けるのみで、患者さんと真摯に向き合わない近藤誠氏の非道さと冷酷さのみが浮き彫りとなっています。

 

結果的に、「肝内胆管がん」が早期に発見されてから半年近くたち、重要なパラーメータである「2cm」を超えて3.3cmほどにまで急速に大きくなり、さらには中肝静脈への浸潤が疑われる状態 (ステージ) まで悪化してからようやく手術を受けています。それまでに受けていたとされる様々な民間療法や巷のクリニック治療は何ひとつ効果がなかったと言い切れるでしょう。しかも、タチの悪い「肝内胆管がん」に対して、開腹手術による根治性と同等であることが何一つ検証されていない腹腔鏡で手術が行われました。それは標準的な手術ではなく、むしろ実験的といえるでしょう。

 この主張に対し、肝胆膵がんの専門医で、かつて「週刊文春」誌上で近藤医師と対談したこともある大場大・東京オンコロジークリニック院長はこう喝破する。

 

「肝内胆管がんは、傍らに門脈や動脈などの血管も近接するため、大きなサイズで発見されると他臓器へ転移もしやすい。根治を目指すためにはリンパや門脈の流れを意識した、専門性の高い手術が必要となります。患部だけをラジオ波で焼いても根本的解決にはならず、手術で治せる患者に行うのはナンセンス。近藤氏の持ち出した論文は、根治が目指せる患者が対象ではなく、再発ケースや転移があって手術の候補にならない患者に対するデータなのです。そこを混同させてはいけません」

 

 これに近藤医師も反論。

 

「確かにデータは手術不能の患者に対するもの。しかし手術不能の患者に施術してこの成績なら、手術可能な患者に施術すれば、もっといい成績が期待できます」

 

 しかし大場医師は言う。

 

「2人のケースを強調されていますが、治癒率でいうと約12%ですよね。また、17人中10人は、手術を受けた後の肝臓のみに再発したケースが多く含まれていて母集団にバイアスがあります。そのようなややこしいデータをあえて探し出してこなくても、川島さんのケースも相当する肝内胆管がんを対象とした外科手術の有効性を示す客観的データを見れば、彼の問題は明らか。川島さんは『文藝春秋』の記事によると、発見当初はステージ仰度までだったと考えられる。東大病院などが中心となったオールジャパンの手術治療成績が最近、まとめて報告されました。結果、リンパ節転移がない場合、ステージI(13例)の5年生存率は100%、供114例)で約70%、掘115例)で約50%です」

 

 また米国のジョンズ・ホプキンス大学の外科医の報告によれば、514例の肝内胆管がんを治療した成績を踏まえて提案された予後予測ツールがあるという。

 

「それに川島さんのケースを知り得る範囲であてはめれば、2013年9月時点で手術を受けていれば、少なくとも3年生存率は80%以上、5年生存率は70%以上という予測結果になる。転移のない2センチ程度の早期発見は極めて稀でラッキーだったのに、近藤氏を訪ねたばかりに間違った情報に振り回され、不幸な転帰を招いた可能性は高い。正しく漏れのない説明責任を果たさなかった彼の罪は極めて重いと思います」(同)

まあここまでは彼女自身の内容はさほど出ておらず、そこから出てくるものも推定内容ばかりだし、近藤氏が書いているように個人情報保護法は基本亡くなった方には適応がないことは事実ですので、今回記事に名前を出したことは刑法的には罪にとらわれない可能性が高そうです。

 

ただ医療者へのガイドライン上認められているのは死者の個人情報は親族へ本人の同意なしに伝えることができるということですので、今回のような不特定多数への公開は鎧塚さんが損害賠償起こせば医師の倫理的責任で戦えるかもしれません。以前彼の親派の方が、近藤先生は訴えられないように文章を推敲していると言っていましたが、本当にギリギリの部分で広報されているのでしょう。それが医師として倫理的におかしくても。

先ほども書きましたが、例え法的に違反してなくても、自分のセカンドオピニオン外来の宣伝のため、死者の情報を遺族以外にオープンにしちゃ医師の倫理に反する行為としてダメではないでしょうか!

 

患者さんたちには30分32000円を払い、医学的には大したこと(今回の川島さんは手術をしないという前提であればまあ考え方としてはアリかも)は言われず、自分の情報が死後使われると思って近藤誠氏のセカンドオピニオンは受けましょう。

芸能情報に強い近藤誠先生がテレビや雑誌の有名人のがん死記事を読み込んで、文章にしたり発言することは守秘義務違反ではありません。しかし、究極の個人情報である病気について実際に接した患者さんがいかに有名人であろうと、それを記事にしちゃうのはマズイです。刑法第134条に定められた法律を本人の承諾を得ないで開示した場合は6ヶ月以内の懲役又は10万円以下の罰金ですよ。

 

懲役や罰金なんのその、って考え方を近藤誠先生がお持ちだとしても、「あの先生って、患者さんの病状を簡単によその人に教えちゃう」なんて噂がたったら死活問題になります。多分、臨床経験が十分でなく(大学時代は論文の読み込みと執筆に多くの時間を費やしたことを得意気に著作に書いていますから)と大学病院というバックボーンに守られた医師生活が長かったため、一般の開業医が一番気にかける「噂」の怖さを知らないのでしょうね。

まあ、その程度のことで信者の方々の支持が失われるとは思えないですけどね。


医者を見たら死神と思え?


近藤誠氏金スマに登場


近藤誠氏による乳がんの生存曲線のインチキ


対談は科学的根拠にはならない。

 以前、彼の本の担当編集者から対談のオファーがありました(長尾氏自身は「関知していない」と回答)。その時は忙しかったこともありお断りしたのですが、こうしてお互いの意見がぶつかりあっているのですから、対談をして議論を交わしましょう。僕は論戦から逃げる気は全くありません」

近藤誠氏がまともな学者なら、対談などでなく、ちゃんとした学術論文で科学的根拠を示して決着をつけるべきである。


がんの種類や対象者や検診の方法によっては、がん検診が有効でない場合もあります。しかしそれは「がんは放置してもいい」とする根拠にはなりません。一方で、有効ながん検診の存在は「がんもどき」理論が間違っていることを示しています。近藤先生は抗がん剤のハーセプチンの臨床試験について人為的操作を疑っておられます。がん検診の有効性を示した研究もすべて人為的操作がなされたとでも言うのでしょうか。

 

「リスクの低い人々に対して一律に肺がん検診を行うべきではない」とか、「日本人でも乳がん検診の有効性を検証すべきだ」とか、「ピロリ菌感染率が小さい世代では胃がんのリスクが低いため胃がん検診を見なおそう」とか、個別のがん検診についての批判ならよくわかります。

 

しかし、根拠のない「がんもどき理論」をもとに、がん検診を一律に否定する論法には問題があります。その論法は、「早期発見・早期治療が常に良いに違いない」という理論をもとに、がん検診を一律に肯定するのと変わりありません。

 医師の近藤誠さんが書いた「医者に殺されない47の心得」は、今年のベストセラーとなりました。しかし、近藤さんの「がんは放置してもいい」という考えには、ほとんどのがん専門医が「助かる命も救えなくなる」と批判しています。近藤さんの主張と、第一線の腫瘍(しゅよう)内科医である勝俣範之さんの反論を紹介します。

 もちろん様々な情報を得たうえで、治療しないという選択肢もあるでしょう。一方で、進行しないと捉えて放置したがんが進行して後悔する可能性が自らにあるのならば、または、そのがんを治したい場合は、先の研究に示したように早期がんにおいても進行して死に至るものが存在する以上、〈1〉治療しても治せないがん〈2〉治療によって治せるが、治療しないと進行して死に至るがん〈3〉ゆっくり進行するため他の病気による寿命が先に来るがん〈4〉進行しないか消えるがん(※)を完全に事前分別できるようになっていない現在は、専門家の話を聞いてしっかり納得したうえで治療を受けたほうが良いということになるでしょう。

 

(※)近藤さんの説である「がんもどき」理論では〈1〉を「本物のがん」、〈4〉(あるいは〈3〉も?)を「がんもどき」とすると考えられますが、同理論の分類では実際には存在する〈2〉を認めていないので、全てのがんをカバーできないところに実情と合わない点がありそうです。