Qアノン(QAnon)
Qアノン(QAnon)の陰謀論によると、アメリカのドナルド・トランプ元大統領は、超エリートからなる人肉食いの悪魔崇拝小児性愛者の人身売買組織、または、ディープステート(DS)と呼ばれる闇の政府組織と秘密の戦争を展開しており、トランプ以前のすべての大統領は、経済界のエリートや暗殺部隊と結託した犯罪者とされている。その内容は、アメリカ右翼の白人至上主義やキリスト教原理主義の人々を扇動するようなものとなっており、反ユダヤ的な要素も含んでいる。
ヒラリー・クリントンとその側近のジョン・ポデスタやフーマ・アベディンのような民主党員、ハリウッド俳優、共和党のジョン・マケイン上院議員のようにトランプを声高に批判する人々が児童の人身売買組織を運営しているとされるが、見ての通り、彼らは今も平然と自由に行動している。Qアノンによると、実は彼ら全員すでに逮捕されており、足首にモニターを付けられ行動を監視・制限されていることになっている。(アンクル・モニターを隠すためにブーツを履いている等と言われた)彼らは地下法廷で起訴され、最終的にはグアンタナモ収容所に送られる。トランプが戦いに勝てば、彼らが処刑される日(「ストーム」や「イベント」等と呼ばれている日)が来ると、Qアノンの信者は信じている。
ディープステート(Deep stateまたはDeep state in the United States)とは、経済界の大物指導者や政府高官が権力を行使するためのアメリカ連邦政府内の(または世界中の権力者に広がった)秘密の組織のことであり、北朝鮮がミサイルを製造しているのもDSの差し金ということになっている。ディープステートという用語は、1990年代にトルコで誕生した(Deep state in Turkey)が、オバマ政権時にアメリカにも波及し、その後、トランプ大統領がツイッター等で好んで使用したため広く認知されるようになり、Qanon等の陰謀論に多大な影響を与えた。
2017年10月28日、「Q」(Q Clearance Patriot)を名乗る匿名の人物が、4chan(英語版Wiki:4chan)の「/pol/」(英語版Wiki:/pol/)掲示板に初めて登場し、「嵐の前の静けさ」というタイトルのスレッドに書き込みを開始した。Qの最初の書込みの内容は「ヒラリー・クリントン氏は、2017年10月30日月曜日の朝、東部時間午前7時45分から午前8時30分までの間に逮捕される」といったものであった。(この時はまだQを名乗っていない)このようにはっきりと日程の決まった予言が外れると、信者が減るので、これ以降、Qの書込みは曖昧模糊とした謎かけのような内容になっていく。
その結果、Qの落とす「Q drops」(書き込み)はそれだけでは飲み込む(理解する)のが難しいので、その「暗号」を独自に解釈して食べやすい「breadcrumbs」(パンくず)にする者が現れ、Qアノンの多種多様なデマが拡大していった。
「嵐の前の静けさ」(calm before the storm)とは、2017/10/05にトランプ大統領が、軍関係者とホワイトハウスで会談した後、突然発した不可解な発言「嵐の前の静けさなのかもしれない」に起因する。トランプは記者団に対し「この部屋には世界の偉大な軍事指導者達がいる」とも述べており、発言の意味を尋ねられると「そのうち分かるだろう」とだけ答えた。これが由来で、トランプによってDSが処刑される日のことをQアノン信者は「ストーム」等と呼ぶようになった。
- Trump talks of ‘calm before the storm’ after military meeting By CRISTIANO LIMA、10/05/2017 08:05 PM EDT、Politico
Qは、アメリカ合衆国エネルギー省 (DOE)における国家機密情報へのアクセス権限「Qクリアランス」(Q clearance)を持っており、「Qチーム」と呼ばれるトランプとともに戦う軍事諜報員の小グループの一員とされている。ただし、QAnonの主な陰謀論、たとえば「ヒラリー・クリントンは小児性愛者の人身売買組織に直接関与している、ロバート・ミューラーは密かにトランプと協力している、大規模な軍事法廷が差し迫っている」等は、Qが登場する前に4chanにすでに存在していた。Qの特徴は、4chanで特に嫌悪の対象となっていた人物(ヒラリー・クリントン、バラク・オバマ、ジョージ・ソロス等)を直接標的にしたことである。なお、QAnonの「Anon」は、anonymous(匿名の人物)の意味であり、 QAnon以前にも「FBIAnon」、「HLIAnon」、「CIAAnon」、「WHInsiderAnon」等のAnonが存在し、ウソの情報を発信していた。
- QAnon: What is it and where did it come from? By Mike Wendling、BBC News、Published 6 January 2021
- QAnon Conspiracy: 5 Fast Facts You Need to Know By Erin Laviola、Updated Feb 8, 2023 at 3:34pm、heavy.com
QAnonの陰謀論は、ネットだけではなく、ロシアや中国の国営メディア、極右の法輪功関連のメディアグループによっても拡散されている。
- ロシア政府系組織、Qアノン陰謀論拡散か 米大統領選への影響懸念 2020年8月25日2:49 午前3年前更新、ロイター編集
研究者によると、Qアノンの台頭初期にロシアが関与した形跡はなかったが、トランプ大統領を英雄と称賛する動きが顕著になるに従い、ロシア政府が背後にいるとみられるソーシャルメディアのアカウントによる関与が拡大した。
ソーシャルメディア分析を行う調査会社グラフィカのアナリスト、メラニー・スミス氏によると、ロシアによる情報操作の拠点とされる「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」は、「QAnon」のほか、Qアノンのスローガンである「WWG1WGA(Where We Go One, We Go All)」のハッシュタグを付けた大量のツイートを投稿した。
このほか、ロシア国営メディアのRTとスプートニクは、Qアノンに関する報道を増加。元米中央情報局(CIA)アナリストで偽情報拡散を専門とするシンディー・オティス氏によると、RTとスプートニクを含むロシア政府系メディアは、「米国は分断化が進み、崩壊しつつある」という文脈に沿う形でQアノンに関する報道を増加させている。
ここで、RTとはロシア・トゥデイのことであり、西側諸国からは、ロシア政府のプロパガンダに加担しフェイクニュースを拡散していると批判されているメディアである。
Qアノンは2021年アメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件(January 6 United States Capitol attack)の原因ともなっており、その他様々な事件を引き起こしている。英語WikiにQアノン関連事件の時系列Timeline of incidents involving QAnonがあるので、詳細はこちらを参照。
なお、国議会議事堂襲撃事件の引き金になったのは、不正選挙によりトランプ前大統領が、2020年米大統領選で落選したという陰謀論であり、トランプ元大統領側近のマイケル・フリン、リン・ウッドとシドニー・パウエルらが拡散したとされる。この選挙不正には、投票機など投開票システムを提供していたドミニオン・ヴォーティング・システムズが加担していたというニセ情報があり、このニセ情報を拡散したのがFOXニュースである。2021年3月、これにより経営に損害を被ったとして、ドミニオン社は、FOXニュースを名誉毀損で提訴、損害賠償として16億ドル(約2150億円)を請求していた。その結果、2023年4月18日、FOXニュースがドミニオン社に対して7億8750万ドル(約1060億円)を支払うことで和解が成立したと発表された。
- 米FOX、投票システムのドミニオンと1060億円で和解 大統領選報道めぐる名誉棄損訴訟 2023年4月19日、BBC News Japan
Qアノン信者は、断片的な実際の事件をつなぎ合わせて拡大解釈し、陰謀の根拠とする。たとえば、アメリカを代表するコメディアンであるビル・コスビーの性的暴行事件(Bill Cosby sexual assault cases)が大規模な児童人身売買組織が存在する証拠とされている。この事件では、約60人の女性がコスビーに性的に暴行されたと訴えているが、そのほとんどは時効が成立しているため、刑事告訴が提起されたのは1件のみである。なお、民事では多数の訴訟が起こされ、2015年11月の時点で8つの関連民事訴訟が進行中であった。もちろんビル・コスビーが訴えられたのは事実だが、Qアノンの言うような児童人身売買組織が存在する証拠はない。
2023年4月、ダライ・ラマが少年に「私の舌を吸って」と要求したというニュースが流れた際にも、これが、小児性愛者のエリートグループによる世界的な児童の性的人身売買ネットワークが実在する証しとされた。
- ダライ・ラマ「舌を吸って」動画にQアノン界隈が反応 ニュース / By Mashup Reporter 編集部 / 2023-04-15
著名なQアノン信奉者、リズ・クローキンは、ツイッターとテレグラムのフォロワーに向けて、「幼い男の子を性的暴行するダライ・ラマの衝撃的なビデオは、多くの人にとって大量のレッド・ピルになっている」と主張。「私は7年間、世界を動かしているのはエリート小児性愛者たちだと言い続けてきた」と、Qアノンの正しさの証明であるかのようなコメントを投稿した。
レッドピルとは、映画「マトリックス」(The Matrix)に登場するもので、これを飲むと、マトリックス(仮想現実空間)から逃れ、現実の世界に目覚めることができるとされるものである。この例をみてもわかるように、リズ・クローキン(Liz Crokin)のようなQAnonビリーバーは「マトリックス」が本当に大好きであり、この映画から多大な影響を受けている。レッド・ピルに関してはRed pill and blue pillも参照。
Qアノン信者は自らを「デジタルソルジャー」と呼び、一般人に「レッド・ピルを飲ます」(世の中がDSに支配されていることを気付かす)ためにネットで活動している(デマを吹聴している)と信じている。デジタルソルジャーになるという宣誓をして、その様子を録画してわざわざネットで公開する信者もいる。もともとは2016年の大統領選挙後にトランプの国家安全保障問題担当大統領補佐官だったマイケル・フリンが、ネット上のトランプ支持者を賞賛するために使用した言葉。(マイケル・フリン自身もデジタルソルジャーになる宣誓をしているとのこと)
ハリウッドスター等の有名人もQアノンの標的になっており、一時期、トム・ハンクスやスティーブン・スピルバーグをYouTubeで検索すると、彼らが小児性愛者であり、児童人身売買組織にかかわっているというような根拠のない動画へのリンクがトップで現れた。2018年7月31日にトム・ハンクスで検索すると、トップに出てくるのが「Sarah Ruth Ashcraft says Tom Hanks is a pedophile」(サラ・ルース・アシュクラフトがトム・ハンクスは小児性愛者と言った)というタイトルのものであった。この際、メキシコのセメント会社Cemexも、児童売春組織の運営に加担しているとされた。なお、Q自身はトム・ハンクスやスピルバーグが小児性愛者であると主張したことはないが、Qアノン信者が勝手にそう解釈した。
そのほか、マイリー・サイラスは、奔放な性的行動によって伝統的なアメリカの家族構造を破壊しようとしている、といった陰謀論もある。
もちろん逆にQアノンを支持する有名人もいる。たとえば、過激な言動で知られる女優ロザンヌ・バー(Roseanne Barr)は、QAnonのメッセージをリツイートしり、 ハリウッドにおける小児性愛者ネットワークの存在について語ったりしている。2018年3月には、トランプが拘束されていた毎月数百人の子供たちを世界中で解放し、人身売買組織を解体しているとツイートしている。元ボストン・レッドソックス投手のカート・シリング(Curt Schilling)もQアノン信者であり、トランプが世界を正す秘密任務をどのように遂行しているか説明する動画をフェイスブックでシェアしたりしている。2016年10月、シリングは極右の言論・報道機関であるBreitbart Newsに加わり、2018年のマサチューセッツ州上院選挙では、陰謀論者のShiva Ayyaduraiを支持していた。
関連項目
Qアノン(ニュース)
アドレノクロム
ピザゲート
Jアノン
4chan
フーバーダム占拠事件
2016年アメリカ合衆国大統領選挙におけるロシアの干渉
Qアノン信者は、トランプの対DS戦争はすべて秘密裡に行われていると考えているので、現実のニュースを見ても、その裏に隠蔽された真実があると妄想する。
たとえば、2016年アメリカ合衆国大統領選挙におけるロシアの干渉(Russian interference in the 2016 United States elections)に関して、特別検察官ロバート ミューラー(Robert Mueller)は、トランプ陣営の関与を捜査していた。ところが、Qアノン信者によると、実際はミューラーはトランプの味方(ホワイトハット)であり、ロシアによる選挙干渉にトランプが関与しているというのは、DSとの闘いを隠すための隠れ蓑だと信じている。ウラジーミル・プーチン大統領もトランプの仲間であり、ヒラリー・クリントンやバラク・オバマ等の裕福なリベラル派が起こそうとしているクーデターをを阻止するためにトランプ氏とともに戦っているという妄想の世界にQアノン信者は住んでいる。
ホワイトハットとはQアノン用語でトランプとともに戦う軍や政府の関係者のことである。これに対して、悪の闇組織の関係者のことはブラックハットと呼ばれる。